140 / 179
推察
8
しおりを挟む辻村に犯されている間……本当は心の中でずっと、あの人の名前を呼んでいた。
口にしてしまったら大変なことになるから、唇を噛み締めて、必死に耐えたんだ。
でも結局泣いてしまった。あんな地獄の時間でも、意地悪なのに優しい、あの人の姿が脳裏にチラついて離れなくて。
嫌いな存在なら良かったのに。……大好きだから、余計に苦しかった。
「秋!!」
あの時も、本当は僅かに聞こえていた声。
見られたくなかったけど、来てくれてちょっとだけ嬉しかった……なんて。そんなのおかしいか。
「矢代せんせ……」
記憶と交互して保健室に現れた二つの人影。
一人はやっぱり、矢代先生だった。慌てた感じだけど、どこかホッとしてる様子で。
その隣には、真っ青になった藤間先生が居た。
「あ。おつかれ~、広夢君……」
維は即座に秋から離れて、気まずそうに咳払いした。
「どこから見てたか分からないけど、勘違いしないでね。風間君をちょっと元気づけようと思っただけなんだ。それにはホラ、女の子のキスが一番」
「そんなこと簡単にするな! 大体お前は女じゃないだろ!!」
決して小さくない、藤間の怒声が部屋全体に響いた。
「あぁっ! ちょっと、ばらさないでよ!!」
対抗するように、維は立ち上がって藤間に詰め寄った。
一触即発の喧嘩を始めた二人の傍らで、秋は嫌な汗を流す。
「え……? 維さん、女じゃない、って……まさか」
「あぁ、違うの風間君、そんな殺傷力ある目で見ないで。ほら、広夢も否定してよ」
「無理。否定したらしたで、お前は男にキスしようとした浮気女ってことになるぞ。それよりは男にキスしようとした女装野郎の方が」
────事態が飲み込めない。
軽い目眩と頭痛がした。
マジか。こんなに綺麗な人が……。
「……ふぅん。男だったのか、君。なら少し手荒な真似をしても問題ないかな」
するとそれまで黙っていた矢代が、無表情のまま前に出た。
「そんな、私か弱い女子です! ねぇ広夢、私のこと守ってくれるよね?」
「う。……オーケー矢代、落ち着け。暴力だけはやめとこう。勿論俺も許せないからきつく叱っとくし、風間君にも謝らせるから」
藤間は間に入って矢代を宥めた。それに対し彼は腕を組んで溜息をつく。
「冗談だよ。でも今の秋にそういう真似はしてほしくなかったんだ。こんな状態で、これ以上怖がらせたくないから……」
1
お気に入りに追加
112
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。




塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる