シャッターを切るときは

七賀ごふん

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洞察⑴

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「この辺か?」
「あ、そう。……うん、もうここで大丈夫」

秋は窓の外を覗く。数分歩けば家に着く距離まで来ていた。
「ギリギリまで行くよ。腰痛いだろ」
「はあ。まあ」
「じゃあ案内頼む」
依然として気まずいが、歩きたくないのは事実なので甘えることにした。
「ありがとう。目の前のマンションだから大丈夫」
車の時計を見ると、二十時を過ぎていた。
「ふーん。高いマンションだな。何階まであるんだ?」
車内から眺めるせいか、矢代にはかなり高く見えたみたいだ。
「十階まで。俺が住んでんのは五階だけど」
そこまで言って後悔した。
何で俺は自分から情報をもらしているのか。もちろん担任だから書類とかでバレるんだろうけど、頭を抱えたくなる。
しかし、矢代は秋の不安とは関係ない質問をしてきた。

「家族とは仲良いのか」
「……普通? 家族って言っても今は父親しかいないし、その父親もそんなに家にいないから」
「どうして?」

秋は毛布を畳んだ。
「遊んでるんだよ。浮気がひどいから母さんは愛想つかして、妹を連れて出てった。元々引越しばっかしてたけど今住んでるマンション、離婚してから三回目の家だよ。すごくない?」
「……なるほど」
矢代は相槌だけ返してきた。だからなのか、プライベートな話を続けてしまった。
「でも俺、好きで親父のとこに残ったんだ。親権は母親にあったから本当は母さんの元に残らなきゃいけなかったけど、意志を貫き通した。母さんは俺の全てに失望したみたいで、もう連絡してくんなって言われてる。当たり前だけど」
家族の縁なんて、切るのは本当に簡単だ。そして切ったら結び直せない。
母は妹さえ大切にしてくれたら良い。自分としては三人で暮らす方が窮屈に感じるし、どうせ高校を出たら家を出ようと思っていた。
でも妹は、最後まで反対してたな。
「俺は適当な性格してるから、自由に暮らせると思ったんだ」
「そうか。で、住んでみてどうだった?」
秋はマンションを見つめながら首元を触る。

「思ったとおり、自由だった。……良かったよ」

珍しく“正解”を引いたらしい。
だが不思議と、最後は少し歯切れが悪くなった。
「送ってくれてサンキュー。気を付けてね」
「あぁ。明日、休まずに来いよ」
わかった、と秋は答えようとした。しかしその口は強引に、彼の口で塞がれてしまった。
「ん……」
それでも、すぐに離れた。最悪の事態まで予想したが……。

「自宅の前で不謹慎なことしちゃったな。親御さんに合わす顔がない」

矢代はシートに深く座り、ぬるくなったコーヒーを飲んだ。





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