十時十分、十字路で。

七賀ごふん

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前後不覚

#5

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十字路。
それはとても不思議で、特別で、恐ろしい空間だと聞いたことがある。

分かれ道と同じく分岐してるため自身で行き先を選択しなければならない。
大抵、大きな十字路なら道標があるが、それに頼ることは非常に危険。十字路の真ん中には恐ろしい化け物が住み着いていて、迷い込んできた者を異空間へ引き摺り込むらしい。
人と人が交差する場所、道と道が交差する場所は、本来いつでも気を張って通るべきだと言っていた。
そんな奇妙なこと。誰が言ってたんだっけ。あの、オカルト好きな……。 
「いって……」
側頭部を押さえて俯いた。記憶を辿ろうとすると何故か強い耳鳴りが起きる。それは最近のことだが、今日は立ちくらみまでしてきた。
オカルトとはいえ、夜の人がいない道は普通に不気味だ。決して長居したい場所じゃない。

疲れがたまってるんだろう。考察するのはやめ、足早に帰宅した。


シャワーだけ浴びてベッドに倒れ込む。世界でもっとも落ち着く我が家なのに、今はこの静けさが気味悪い。無音がいやで、とりあえずテレビをつけた。
ちょうどバラエティ番組がやっていたから人の笑い声が聞こえてくる。内容に興味はそそられなかったけど、いくらか気が紛れた。

瞼を伏せ、ひとりきりの家で息をする。
誰もいない空間に身を沈めていると白露のことを思い出す。
彼は長い間この感覚を味わっていたはずだ。
最初は爽快だったかもしれない。嫌なことから離れられて、ひとりきりの世界に閉じこもって。歳もとらなければ食事や睡眠をとる必要もない。
ある日突然、最高の特権を手に入れたかのように大喜びしたはずだ。
でもそんな状態が何年も続くのはどうだろう。誰とも関わることがない、話し相手が欲しくても誰も来ない場所でずっとひとり。悲しみも喜びも、同調してくれる存在がいない。そんなの普通は嫌になって現実に帰りそうなもんだ。

それでも白露はあそこに留まり続けた。
だからこそ、その代償として全ての記憶を失った。自業自得とも言えるけど……何がそこまで彼の決意を固くしたのか、気になってしまう。
しかしこれ以上脳を酷使するのは良くない。考えごとはやめ、明日のスケジュールをさらっと確認する。

そういえば最近、店にも顔出してないな。
以前は毎週必ず通っていたゲイバー。恋愛目的ではなく、顔見知りと騒ぐのが楽しかったから足繁く通っていた。最近は白露に夢中だったから、明日は久しぶりに行ってみよう。開いたスケジュール帳から手を離し、天井を仰いだ。




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