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◇疑心と執心
#2
しおりを挟む軽くキスをして、食事の支度を手伝う。ほとんどのことはアイコンタクトで成り立つので、スムーズに進んだ。
家に居るようになって分かったことがたくさんある。緊張する時間が減って、小さな喜びに気付く瞬間が増えた。
今日が無事に終わることにホッとして。明日は何をしようか、ワクワクしながら考える。
これが俺なりの幸せなんだろう。
オリビエが眠ったことを確かめて、静かにキッチンへ向かった。ダイニングテーブルではルネが書き物をしていたので、二人分のコーヒーを淹れて持っていく。
「仕事?」
「あぁ、ありがと。……仕事、ではないかな」
ルネは眼鏡を外し、ふうと息をついた。珍しく神妙にしているので、対面に座る。
「何、どうした」
問題事かと思って尋ねると、彼は困ったように片手を振った。
「南方の小国から私個人に手紙が届いてね。大人子ども問わず発熱する人が増えたから診てもらえないかと書かれてあるんだ」
「それは……おおごとだな」
聴いてみると国からの要請ではなく、ルネの治癒能力の噂を耳にした一般人からの相談らしい。
「どうすんだ。行くのか」
単独で向かうには多くのリスクが付き纏う。ノーデンスが真剣な表情で問いかけると、ルネは眉を下げて零した。
「幸い亡くなった方はいなくて、一週間ほどで緩和するみたいなんだ。新たな感染症かもしれないし、それなら医療機関が対応してくれると思う」
「だよな。俺のときと違って、お前の助けを求めるようなことじゃない気がするけど……?」
「うん。ただひとつ不思議なのは、熱で倒れている間、みんな異常なほど男性を恐れるんだって」
「はああ?」
大きな声を出してしまったので、慌てて口元を押さえる。非常事態だというのに、ルネの説明を聞いて笑ってしまった。
「何だよそれ! あはは!」
「こら、不謹慎だよ」
「わるいわるい、だって意味分かんなくて……ゴホン」
にわかに信じられない話だが、本当にそうなら異常だ。ルネに謝り、咳払いする。
「男恐怖症になるってことか」
「そう。女性はもちろん、男性も。男の人が現れると怯えだして大変らしい」
「……」
普通じゃない。全員にその症状が現れているなら病気ではなく、
「呪い、とか?」
「……かもしれない。断定はできないけど」
ルネは頭が痛そうにため息をついた。
有り得ない出来事には、必ず人智を超えた力が働いている。それはやはり、医療技術ではどうにもならない。
「気になるが……自然に治るんじゃなぁ……」
「あぁ。だから似たような例がないか、もう数日調べてみるよ」
「それがいい。男が怖いならお前が行くのも微妙だし。ま、お前が行くなら俺も行くけど」
コーヒーを飲み干して淡々と告げると、ルネはかぶりを振った。
「それは駄目だよ」
「何で?」
「君までついてきたら誰がオリビエを見るんだい?」
「そ、そうか」
オリビエをそんな危険な場所に連れていくわけにはいかない。
昔のくせで物騒な話になると熱くなるが、今は守りたい存在を第一に考えないと。
「でも、お前ひとりで行くのは絶対やめろよ」
「はは、まだ決めてないから大丈夫だよ。ただ少し、実情を確認したい気はするんだけど……」
今は外国の情報も確認できないし、とルネはぼやいた。ヨキートでは簡単に知り得た非公開情報も、ランスタッドで暮らしていると何一つ手に入らない。全て報道機関を通して、他国に知られても困らない、限られた情報のみが一般市民に届けられる。
それでは遅いし、解決の手がかりも見つけられない。
「とは言え、仕方ないよな。本当に呪術が関係してるなら、お前んとこの専門家が動くだろ」
「……そうだね。とりあえず、調べながら様子見だね」
手紙を大事そうに仕舞い、ルネもコーヒーを飲んだ。
思った以上に深刻な話だったので、ノーデンスは自身のシャツの襟を直した。
今夜は久しぶりに…………と思ったんだけど、やめとこう。
実は、ベッドインできないかとやってきていた。下心があった自分を密かに戒め、カップを洗う。
新たな問題も浮上したが、ノーデンスにも誰にも言えない悩みがあった。
それはプライドに関わることであり、下手するとルネに呆れられる可能性もある。だから迂闊に動けず、もだもだしている。
「それじゃあ、私はもう寝るね。おやすみ、ノース」
「あ、あぁ。おやすみ……」
ルネの背中を見送り、ノーデンスは深いため息をついた。
最近全っっ然シてないな…………。
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