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15と18

#1

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皆、その夜は空が荒れると言っていた。
寝ぼけてやって来た迷子の嵐。誰もが早く過ぎ去ることを望んでいた。
隣国の使いの帰り、本格的に荒れる前に急いで城へ向かっていた。しかし馬車の急停止に驚き、小窓から外を覗く。

「あの、どうしました?」
「あ、ルービオ様! 申し訳ございません。突然子どもが道を塞いできまして……!」
「子ども?」

冷たい風が指先まで凍えさせる、息するのも辛い夜。空がざわめき、雨が大地を叩きつけている。

でもその嵐は僕の前にひとりの少年を連れてきてくれた。
楽しいことなんて何もない、むしろ苦痛でしかない王族の日々をいともたやすく攫ってくれる存在。

そんな関係になるなんて、この時は夢にも思わなかった。


「ルネ様。お願いします。どうか、どうか助けてください……!」


悲痛な声。ぬれるのも構わず、従者の制止をふりきった。自分の名を呼ぶ少年をひと目見なくてはいけないと、王都へ続く道に足を下ろす。
彼は確かにそこにいたが、すぐに息を飲んだ。少女と見紛うほど艷麗な少年。白銀の髪から水が滴り落ち、跪いている。

徐に顔を上げた瞬間、目が合った。
雨のせいでよく分からなかったけど、泣いていると確信した。
彼もこちらを認めた途端、小さな肩を震わせ、嗚咽した。

とてもそのまま帰すことなんてできない。傘を差し出し、彼の冷たい手をとった。その時彼はひとこと、呟いた。

「綺麗……」
「え?」

一瞬、何に対して言ったのか分からなかった。正装ではあるものの兄弟達のように着飾るのは性に合わず、極力地味におさえている。強いて言うなら胸の宝石のブローチぐらいだろうか。
でもそんなことを気にしてる場合じゃなくて、すぐにその少年を馬車の中に引き入れた。素性の知れない彼を連れて帰ると言うと、やはり従者からは猛反対された。でもその時は意地になっていて、彼を降ろすなら自分も降りると訴えた。

困らせて申し訳なかったけど、どうしても譲れない。
長い沈黙の末、無事彼を城に連れて帰ることができた。ところが雨による低体温と過度な疲労により、彼は帰って早々高熱を出し、倒れてしまった。
使用人の女性が新しい水を用意し、カーテンを閉める。

「何とかお薬は飲んでもらいましたが……明日の朝まで熱が下がらないようであれば、また医師を呼びましょう」
「うん。ありがとう、今夜は僕が看てるから大丈夫だよ」
「え!? とんでもございません、子どもとはいえ、ルービオ様ひとりでお部屋に残るのは危険です」
「平気平気。それに危険なのは彼の容態だよ。僕じゃない」

心配そうにしている彼女を宥め、部屋に残った。どうせ自分が部屋に戻らなくても、両親は一々見に来たりなどしない。他にもっと大事な兄や姉がいるから。

兄姉の順番が即ち存在の尊さを表してるようだけど、自分だけは違う。異質な力を持って生まれた自分は、恐らく最も低い王位を与えられるだろう。

それで構わない。だからせめて、その分自由が欲しい。王族としての規律や戒律に縛られるだけの人生なら、長生きしたってしょうがない。
袖を捲り、少年が眠るベッドの傍へ寄った。タオルを交換し、彼の額に手を当てる。

「……っ」

自身が宿す気の力を、少年の中に“移して”いく。ヨキートの王子、ルネはこうすることで弱った体を回復させることができた。

この変わった力のせいで、物心ついた時から孤独だった。治癒能力を持つからと言って周りに受け入れられるわけじゃない。少なくとも彼の一族は、彼の力に畏怖を覚えた。
人を救える力を持っていても、それを使いたいとは思えなくなった。使えば使った分爪弾きにされる。人間じゃないと言われてるような、そんな冷酷な視線に晒される。

こんな城から出て、自分を知ってる人が誰もいない場所に行きたい。そして気ままに暮らせたらどんなに良いだろう。

思うだけで実行できる力も勇気もないけど。
開いた掌を握り締めたとき、少年は呻き、瞼を開けた。

「あいたっ!」

そして勢いよく起きた為、額をぶつけてしまった。互いに痛みに悶えていたが、少年は会った時よりずっと大きな瞳で瞬きした。

「……ルネ様」
「や、やぁ。体はどう? 辛くない?」

額を擦りながら、傍にあった椅子に座る。彼は現状を理解したらしく、首を横に振った。

「その力……」
「ん?」
「噂で聞いた通りだ。神様みたいな力ですね」

神……?

そんな風に言われたのは生まれて初めてだった。
呆気にとられて何も言えずにいると、彼は俯いてしまった。なにか言いたいことがあるけど言い出せない。そんな様子だった。
「僕みたいな、よその国の人間を助けてくださってありがとうございます」
「全然。ていうか、あんな風に止められたら放っておけるわけないよ」
笑って答えると、彼もそこで初めて笑った。自分でも相当無茶をしたと思ったのか、繰り返し謝って。

「僕はランスタッドから来ました。……王族のルネ様に突然こんなお願いをできる立場ではないんですが……どうか、僕の親族を助けてほしくて」

彼は頭を下げ、床に座った。さすがに只事じゃないと思い、同じく下に屈んだ。
「僕の一族は街ではなく、ランスタッドの外れで暮らしてます。だけど三日前、ほとんどが熱を出して倒れてしまったんです。一応医療隊を派遣してもらったけど、全然良くならなくて……特別な力を持つルネ様なら治せるんじゃないかと思って、会いに来ました」
こんな子どもひとりで?
正直信じられない話だった。本当だとしても、彼ひとりで隣国まで来る必要などない。ランスタッドの医療機関は進んでるはずだし、仮に協力が必要なら国から要請が来るだろう。

嘘をついてるようには見えないが、全て鵜呑みにするのは難しい。
どうすべきか密かに思案していると、彼はハッとしたように前に乗り出した。

「お、お金なら必ずお支払いします!!急いで来たから今は持ってないけど、これから働いて、何年かかっても返しますので」
「いやっ、お金は良いけど……どうして君がひとりで僕に会いに来たのか分からなくて。それだけ教えてくれないかな?」

純粋に尋ねると、彼は暗い面持ちで俯いた。

「僕達の一族は、……特殊なんです。国に守ってもらってるけど、迷惑はかけられない。生き残る為には、極力自分達で何とかしないといけない」

どうやら訳ありらしい。簡単な情報しか聞き出せなかったけど、何となく複雑な関係だということは察しがついた。

彼はヴェルゼ一族のひとりだったからだ。ランスタッドと言えば、ヴェルゼの生み出した武器と兵器がすぐに思い浮かぶ。それほどまでに影響力のある一族だった。当然資産も権力も強いはずだ。なのに何故国内で助けを求めることができずにいるのか。
「……本当のことを言うと、父が止めるからです。王族にこれ以上仮をつくってはいけない、って。でもおじさんもおばさんも日に日に弱ってくし、これ以上じっとなんてしてられなくて……!」
「そう……」
まだまだ不可解なことはあるが、大まかな事情は分かった。同じものを食べているわけではないはずだが、集落にいる物は吐き気や頭痛に悩まされ、何も口にできずにいると言う。幸い水だけは飲めているそうだが、具合は悪くなる一方。

「水か……」

ある違和感を覚え、従者を呼んだ。明日の朝一番に、ランスタッドへ調査隊を派遣し、ヴェルゼの集落にある水を調べるように。

「……っ」

少年は不安げにやりとりを見ていた。両手を組み、神に祈るように瞳の色を揺らしている。
「大丈夫。明日、君の家族や親族を診に行くよ」
もちろん自分は医師ではないので、専門医を連れて行く予定だ。できることと言えば、衰弱した人の些細な外部だけ。

それでも、彼は心底安堵したように涙を流した。

「ありがとう……ございます……っ」

本当に心細くて、不安だったんだろう。
周りに構わず、堰を切ったように涕泣した。責任感があって、何より家族想いで。
僕とは全然違う、心の綺麗な子。

感心したと同時に、羨ましく思った。どうしたらこんな真っ直ぐになれるんだろう。自分も一般人なら、……こんな力を持っていなければ、もっと違ったんだろうか。

恐ろしいとすら言われて、要らない人間のように扱われることもあった。王族に生まれたこと自体、間違いだったとしか思えない人生。
この子には絶対想像もできないだろう。

「……僕はまだ何もしてないから、そんなにお礼を言わなくていいよ」

彼の手を引き、立ち上がらせる。自嘲気味に笑うと、彼は強い口調で言い切った。

「いえ。貴方は優しい人です。少なくとも、僕は救われた」

痛くて冷たくて、ひたすら心細くて。
会っても話も聞いてもらえないかもしれないと、内心とても怖かった。だけど初めて見た時、すごく綺麗で……優しそうな人だと思った。

「実際、誰だか分からない僕をこうして助けてくれた。貴方に助けられたことは忘れないし、……貴方も忘れないで。武器を作ることしかできない、僕みたいな人間にも優しくしてくれたこと」





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