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一家

#7

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飛ばし飛ばしの人生で、記憶もどこか途切れ途切れ。
確かだと言い切れるものはあまり持っていない。
酷く頼りないけど、それでも周りに助けられ、毎日生きている。

世界は思ってるより自分に厳しく、そして優しい。


「ママ、今日は出かけるんだよね?」
「そうそう、オリビエもだぞ。久しぶりにママの故郷に行こうな」


朝食を終え、空になった食器を片付ける。傍らではルネが洗い終わった皿を拭いてくれた。
「じゃ、ママが作ってくれた服着てく!」
「おー、いいな。それ着て向こう行ったら、俺が縫ったことを皆に言うんだぞ。ルネじゃなくて、俺が」
「すごい強調してくるねぇ、ノース」
ルネが苦笑しながら零すと、ノーデンスは水を止め、鼻高々に告げた。

「そりゃあ、この俺が洋服を作れるようになったんだ。大々的に宣伝しなきゃ駄目だろ!」
「私はむしろ、君がボタン付けすらできなかったことを皆に知ってほしいけど…………」

ルネの言葉を華麗にスルーし、オリビエに上着を着せた。
「長かったし苦痛だった……。ルネは裁縫のことになると急にスパルタだし」
「それは君が五分毎に休憩を挟もうとするからでしょ。あのペースでやってたらオリビエの方が成長して、最初に作った型じゃ着れなくなっちゃうよ」
頭が痛そうにため息をつくルネに「まぁまぁ」と珈琲を差し出し、自分も一気に飲み込んだ。

「何度見ても惚れ惚れするな。オリビエ、似合ってるよ」
「えへへ、ありがと!」
「じゃあノース、また一着作る?」
「ああ。いや、しばらくいい。あと三年ぐらい経ったら作りたくなるかもしれない」
「ひとつ完成して燃え尽きたんだね……」

晴れ晴れした陽気の中、三人でわさわさと出掛ける支度をする。
オリビエも健康そのもので、毎日元気に過ごしていた。子どもはもっと熱を出すものだと思って覚悟していたのだが、何事もなく仕事する日が増えている。
もしかするとオリビエが特別丈夫なのかもしれない。ランスタッドに戻ってからはしょっちゅう工場に顔を出して、職人達の仕事ぶりを眺めているし。

「さて。本日は休診、と」

家のドアにかけられた看板をひっくり返し、ルネは伸びをした。
ふと思ったけど、もう三十路になるというのに彼の容姿は年齢不詳だ。間違っても三十には見えない。
そう言う俺も実年齢よりはずっと若いと思うけど、……あれ、でも……?

「ノース、危ない!」
「いてっ!」

考え事をしたせいで、ポストに激突してしまった。
「ママ、大丈夫?」
「いっ……大丈夫大丈夫」
「ノース、目が悪くなった?」
「違う。ボーッとしてただけ!」
二人の背中を押し、さっさと先へ行くよう促す。
こんなことで騒げる平和な生活が、今は何よりの宝物だ。

歳には勝てないとか言うけど、衰えとか考えたくないなぁ。まだまだオリビエの為に働かないといけないし、健康でないといけないし。
それはもちろん、ルネもだ。
俺達の人生は、まだまだ長い。

「お城が遠いね」

草原の中オリビエは振り返り、王城を指さす。この間ロッタ王女達と遊びに連れて行ったばかりなのだが、もう恋しくなってるようだ。
「オリビエが赤ちゃんの頃はあそこに住んでたからね」
ルネも懐かしそうに目を細める。
自分もとても世話になった場所だ。あそこは第二……いや、第三の故郷に違いない。戻ることはないと思うけど、ずっと守りたい場所。守りたい人達がいる場所。

「またいつでも行けるよ」

後ろは振り返らず、二人に声を掛けた。
実際、この程度の距離。いつだって飛んで行ける。



白く細い飛行機雲を見上げ、ヴェルゼの集落へやってきた。ここは以前とそう変わらない。だが若者が城下町や外国に移ったことで、一時期よりは人が減った。
それでもここに居たいという人も多くて、なるべく過ごしやすい様に開発してるところだ。訪れると、さっそく女性達がオリビエの元へ駆け寄ってきた。
「あら! オリビエ様、お久しぶりです。お元気でした?」
「すごく元気っ! 皆は?」
「私達も元気ですよ」
嬉しそうに話す彼らを眺め、ふと笑みが零れる。ルネもすっかり気を抜いた様子だ。

「ノーデンス様、皆会堂に集まってますよ。ちょうどお昼になるところですし、是非お越しください」
「本当にお邪魔して大丈夫ですか?」
「もちろん。その為にお呼びしたんですから」

今日は仕事の相談もあって来たのだが、その前に数ヶ月に一度の食事会に呼ばれていた。ルネとオリビエの後に続き、一族の会堂に入る。そこではもう各々が楽しく食事していたが、一斉がこちらに振り返り、歓迎した。
「ノーデンス様! ルネ様とオリビエ様もようこそおいでくださいました!」
「ささ、こっちへどうぞ!」
二人はやたら前列の席に誘導されていた。オリビエもちょこんと席に座る。普段出されない料理の数々に興味津々のようだ。

「よ、ノーデンス」
「クラウスさん、お久しぶり……って、飲んでるんですか? これから仕事の話があるんですけど」
「だーっ、固いこと言うなよ。それに俺は、酔ってても問題ない。経営の話には興味ないからな」

クラウスは酒瓶片手に、真っ赤な顔で肩に手を回してきた。既に相当飲んでるようだが、後ろから襟を掴まれえづいた。
見ると、彼の後ろでマオナが顔を出した。
「ノーデンス様、いつもお疲れ様です。突然ですが、こちらへどうぞ」
「え?」
マオナに手を引かれ、何故かホールの中央に連れていかれる。
そこには台が置いてあり、上には白い布が被せられていた。
「……これは?」
「ふふ。取ってみてください」
少し怖かったけど、彼女の笑顔に押されて布を掴む。何に掛けられていたのか……見てみると、そこには透明のケースに入れられた豪勢なケーキが入っていた。
メッセージプレートにはノーデンスの名前が書かれている。

「た……」

誕生日おめでとうございます。

その言葉の意味を理解しても、しばらく固まってしまった。「何呆けてんだ」とクラウスに背中を強く叩かれ、ようやく反応できた。

「えっ。ちょっ、そんな。いやいや、俺にですか?」
「お前以外誰がいるんだよ。見ろ、ここに名前入ってんだろーが」

その通りだけど、頭の整理が追いつかず挙動不審になる。だが一斉に周りが拍手し、子ども達がクラッカーを鳴らした為いよいよ動悸がしてきた。

そうだ。今日が誕生日だったんだ、俺。
ていうかルネは絶対知ってたはずだ。席についているルネを見ると、彼はウィンクしてみせた。オリビエも笑顔で手を叩いている。

あいつら……っ。
恥ずかしくてどうすればいいのか分からず突っ立ってしまう。そもそも今までこんな風に祝われたことはないし、彼らの発案なら色々逃げ出したい。
マオナは蝋燭に火をつけ、そっと耳打ちした。

「ちなみにノーデンス様、今年でルネ様と結婚六周年ですよ。六というのはヴェルゼの者にとって特別な年なんです」

言われて思い出したが、忘れかけてた習わしがある。それも兼ねて、一族総出で祝ってくれたようだ。

嬉しいのにダブルで恥ずかしい。
普段着だし、お礼とか何も考えてないし。瞼を強く瞑って口元がにやけるのを堪えていると、クラウスに後頭部をはたかれた。
「いったいな! 何ですか!?」
「何ですかじゃねえよ。石みたいに固まってないで、いつもみたいに音頭をとれって」
「そんなこと言ったって……まだ驚いてるんですよ!」
子ども達から小さなお菓子の箱を大量に受け取り、大事に抱えながら色々言葉を考える。でも急に話を振られても何も思いつかない。
誕生日って何するんだっけ。オリビエの時ならいろいろ考えられるのに……!

「ノーデンス様、お誕生日おめでとうございます!」
「オッド」

箱を半分受け取り、オッドが笑顔でやってきた。
「長い間引っ張ってくれたノーデンス様に皆感謝してるんですよ。これからも宜しくお願いします。ってことで、どうぞひと言」
「それ俺が言いたかった」
無難な台詞は先に盗られてしまった。尚さら真っ白になり、立ち尽くす。

人の注目を受けることは慣れてるけど、こういう催しには慣れてない。顔から火が出そうだ。

「……~~無理、俺こういうの耐性ないから勘弁してくれ。席に戻る」
「出ました、ノーデンス様の空気読まない発言」
「おいノーデンス、嬉しいなら嬉しいって言えばいいだけだぞ。本当に感情表現下手だな」

耳まで赤いことなど指摘され、羞恥心が最高潮に達する。
もうお祝いって言うより公開処刑に近いだろ、これ!

頭を抱えたくなったけど、ルネが近くに来て片手をとった。
「クラウスさんの言う通りだね。皆、ノースに喜んでほしいと思って準備してくれてたんだよ」
ムカつくほど余裕の笑みで、花束を差し出す。

遠い昔のキザなプロポーズが脳裏をよぎった。
ただあの頃とは置かれた状況が違いすぎて、せいぜいルネの笑顔しか重ならない。
だって、こんなに多くのプレゼントに囲まれて、こんなにもたくさんの人に祝福されて。

こんなの初めてだ。
幸せのレベルが最高潮にある。

ここまで連れてきてくれたのは間違いなくルネだ。

「さ、ノース」

「……わかった! もちろん嬉しいよ。嬉しくないわけないだろ!」

素直に感謝を伝えたかったのに、またまたひねくれた答え方をしてしまった。

もう本当に無理。向いてないわ、こういうの。

嬉し過ぎて、どう反応すべきか分からないんだ。彼らの優しさが大き過ぎて手に余る。謎のため息が出る。

「今までで一番嬉しい。……日になっちまう」

いつも慕ってくれる子ども達、未熟な自分についてきてくれる人達。絶対に失いたくない、大事な大事な家族だ。
それはこれからもずっと変わらない。

オッドがきらきらした目でマイクを差し出してきたが、押し返してしっかり前を向いた。
正直まだ恥ずかしいけど、臆病だった自分とは違う。愛する人が隣にいてくれるから、ちょっとずつでも強くなれる。

俺を信じてくれた皆。ルネ。オリビエ。

「ありがとう」

本当は一番最初に言いたかった言葉。
引っ張り出すのにいつも手こずるけど、きっと心の一番近くに隠れてるんだ。







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