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一家
#4
しおりを挟む「じゃ、行ってきまーす!」
「あっ、危ないから前見て! ……行ってらっしゃい!」
馥郁な花の香りに包まれている。
元気いっぱいに駆け出すオリビエに手を振り、ノーデンスとルネは顔を見合せた。
時が経つのは本当に早いもので、季節は春を迎えた。暖かい陽気に息子を送り出し、気持ちよく背伸びをする。
「今日が初登園か。オリビエ大丈夫かなぁ」
「心配なら中までついていくかい? …ノースママ」
「オリビエに大丈夫って言われちゃったし。俺は過干渉にならないようにしたいんだ。……今のうちに耐性つけとけば反抗期になったとき痛くも痒くもないだろうし」
「なるほど、そんなこと考えてたんだ」
二人で歩き出し、停めていた馬車に乗る。
ルネと話し合った結果、ランスタッドではオリビエを民間の学校に行かせることにした。その事前練習として、まずは一般の保育園に通ってもらう。
両親が有名過ぎることで嫌でも注目されてしまうと思う。不安や心配は尽きないが、ひとまず様子を見たい。ここでやっていけるか、最終的にはオリビエに訊ねるつもりだ。
王室の地位もあるし、武器職人としての道もある。でもやっぱり、あの子には多くの人と同じ生活をしてほしい。というより、知ってほしい。
一つに偏ることなく、特別なことをするでもなく、小さな喜びに気付ける大人に育ってほしい。
「夜はオリビエが好きなご飯作ろうか」
「お、そうしようぜ」
馬車から降り、繁華街で必要な買い物をする。
ノーデンスはマイペースに武器をつくり、ルネは以前と同じ整体メインの診療所を開いていた。今はちゃんと目標も設定し、資格をとるため勉強している。
「お客さん用の紅茶が少なくなってたなぁ……ノース、普通のとりんご、どっちがいいと思う?」
「たまにはりんごとか」
「いいね」
紙袋に詰め、石畳のゆるい坂を上る。少しすると王城が見えた。
実は先週、久しぶりに城に顔を出した。中は体制も雰囲気もさほど変わっておらず、懐かしい気持ちになった。
あの災事の日、ノーデンスが城にいたところを多くの者が目撃している。倒れた者の中にも直前まで自分を見ていた者がいるが、全てあの呪いの霧によるものだとローランドが説いた。
呪物に対抗しうる術がなかった為、誰一人ことの真相は知らない。
大怪我を負ったノーデンスを皆心配したが、何故そうなったのかは誰も分からない。加えて入院後城を出て行ってしまったので、次第にあの日のこと自体が風化していった。
とは言え城の電気設備を全破壊してしまったのは事実なので、罪の意識でいっぱいだ。個人的に少しでも費用を出そうとしたが、それは陛下に断られた。
王室に二人だけ、という状況も極めて異常だが……それも全てローランドの計らいと、気遣いにるもの。
「お前が修繕費を負担すれば、今回の騒動にお前が関わってると教えることになる。どこまでも素知らぬふりをしろ」
「いえ、ですが……」
「投獄されたいなら話は別だがな。……お前にはもう、守らないといけないものがあるんだろう?」
厳しくも優しい眼差しを受け、奥歯を噛み締める。
静かに頷き、感謝を伝えた。
「陛下。───ありがとうございます」
王族も一族も関係ない。
俺は俺個人として。これから先、この命が朽ちる時まで彼に忠誠を誓う。
自分が借りていた部屋は今だ誰もつかっていなかった。帰りたければいつでも帰ってくればいい、と言われてるようで、少しこそばゆくなる。
呪いの剣のことさえなければ、もっと楽しく過ごせたんだろうな。
ここには味方しかいなかった。
帰り際ロッタ王女にも謁見し、今度オリビエを連れてくることを約束した。彼女はもちろん、弟の王子達も喜ぶと笑っていた。
ふと、昔ローランドの遊び相手としてやってきたことを思い出した。
自分とは違い、オリビエは王族の血が流れている。あの時とは少し違うだろうな。
ひとりで笑いそうになり、慌てて口元を引き締めた。
少しずつだが、ずれた軸を動かしている。どれだけ時間がかかったとしても、自分の中に強く根付いた歪な想いを取り除いていきたい。
立場や身分なんてさほど強力なものではないのだと。
「ノース、あとちょっとで着くよ。頑張って」
少し先に歩くルネが振り返り、家を指さした。
「あぁ、……今行く」
人の想いより強いものはない。大事なものは人それぞれだけど、それを守る為ならきっとどんなことでも成し遂げられる。
親との確執、過去の復讐。忘れてはいけない楔として、鍵をかけて。全部抱えながら、大事な人達を守っていく。
数日後、ヨキートから使者がやってきた。彼は黒い布で顔を隠しており、中へ促してもすぐに戻るからと断った。
ルネはよく知っているようだが、彼はヨキートに古くから伝わるヤガンジャ一族のひとりだった。
「ルービオ様とノーデンス様に、あの呪物の封印に成功したことをお伝えするようにと……私共の長からの命です」
ヴェルゼ一族が王族への憎悪を込めた剣。ノーデンスを支配したあの呪物は、彼らが保管することになった。
ノーデンスが目覚めた時には、既に剣はなかった。後でクラウスに訊くと、ヴィクトルという若い青年が剣を預かったらしい。その後彼と連絡がとれない為心配していたが、こうして使者を派遣したということは無事だろう。
呪物の扱いに長けている彼らに管理してもらった方がこちらとしても安心だ。またヴィクトルはルネとも面識があるらしく、一族の次期代表だと言う。彼は、ルネに伝言を残していた。
「あの剣は極秘とし、どの機関にも明るみにはしません。ノーデンス様の件も口外しないと誓いますので、ご安心くださいませ。それと」
使者はルネの方を向き、先程より声量を落とした。
「ルービオ様はあの剣に簡単に取り込まれることはない。必要であれば、ルービオ様のみ、剣の所在を明かしてもいいと申しつかっております。ただしいくらか成約がございますが」
「何ですか、それは」
それにはルネではなく、ノーデンスが聞き返した。
少なくともあれはヴェルゼが齎してしまった呪物で、ルネは一切関係ない。これ以上彼を巻き込みたくなくて、前に出る。
「あれほどの力を持つなら、本当はもう誰の手にも渡らないよう破壊したいぐらいなんです」
「それはなりません。あれほど強力な呪物は世界的にも珍しいので……私共にとっても重要な研究対象になりますから、どうかご理解いただきたい」
男は困った様子で剣の価値を唱える。一応ルネを見ると、彼は小さく頷いた。
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