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禁絶の武器
#12
しおりを挟むやばいな。こんなもんに取り込まれたら、頭がおかしくなる。
刃を引いて先へ進もうとするノースは、やはり剣の意志に従っているようだった。同族を殺すことはならず、目的は王族の血を流すこと。
「待て!」
だがそんなことをすればノースは終わる。
彼が王族に対して抱いてきた憎しみは彼のものではなかった。何百年も前に殺された先祖達の復讐の武器として、洗脳されていただけなんだ。
止めないといけない。だが隠れるのが早い彼を見つけるのは至難の業だ。こちらを攻撃してくることもなくなったし、最早ただの隠れんぼと鬼ごっこだ。
「ノーデンス!ホントは聞こえてるんだろ、この勘違いナルシスト!」
柱を殴りつけ、喉が張り裂けそうなほど叫んだ。
「力に自信があるなら堂々と王室に乗り込めばいいんだ。なのに視界を奪って闇討ちして、お前の生来の腰抜けっぷりがよく出てるよな。実は怖くて仕方ないんだろ!」
できるかぎりの挑発をして、ノースの気を引き留める。引き付けたのはノースか、それとも剣の意志か……正直もう分からないが、足止めできれば結果オーライだ。
「まだちょっとでも俺の声が聞こえてるなら、その剣を捨てろ!」
走って近付くと、ノースは薄く笑い、クラウスの剣を弾いた。
「……何故ヴェルゼの者が邪魔をする? お前の祖父母は王族に虐げられたはずだ」
これは剣の言葉だろう。首元に刃先を突きつけられ、徐に両手を上げる。
「そうだな。でも知ったこっちゃないね。俺が苦しんだわけじゃないし」
「貴様……」
「王族だってそうだ! 非道を働いた奴らはとっくに死んでる。今いる王族は、この国から争いをなくそうと必死こいてる奴なんだ。そんな奴に何を償えって?」
柄を強引に掴み、ノースの腕ごと上に引き上げる。
「御先祖様にこんなことを言うのはアレだが……よく考えたら、お前らは御先祖様の堕ちた部分だけ寄せ集めてできた武器だよな。つまりただの感情だ」
二人して床に倒れ、力の押し合いをする。殴れば蹴られ、押さえたら振り払われる、という乱闘を繰り返した。
「ノーデンス、目ぇ覚ませ……」
歯が折れたらしく、クラウスは血を吐き出した。それでも構わず、ノースが握る剣を奪うため力を入れる。
「過去の苦しみをなかったものにすんのは違う。でも今生きてる奴の感情を殺してまでやんなきゃいけない復讐なんて、ない」
振り上げた手が当たり、皮膚ごと服を引き裂かれる。同じく血だらけのノースの目には例えようのない激情が灯っていた。意地でも剣から手を離さず、上に覆い被さるクラウスの腹に拳を入れる。
「ぐは……っ」
本当は怖いのかもしれない。正気に戻った時の方が怖い。このまま壊れて、何も考えない化け物になった方がいっそ幸せだ。
でも彼はそれじゃいけない。彼は自分が思ってるより多くの人間に愛されてる。帰る居場所がある。
「離せ、この……っ」
まだ理性があるはずだ。ノーデンスが神気を使えば剣なんて振るわず、クラウスに触れることもなく、周りの全てを破壊できる。それをしないのは彼が自身の力を制御しているからだ。
「もう……いい加減疲れただろ。……帰るぞ」
青痣だらけのノーデンスの右腕を押さえ、忌まわしい剣に手をかける。だがそれはクラウスを拒否するように、より濃い霧を放った。
まずい。一瞬でも気を抜いたら意識を持ってかれそうだ。
やはり今までは剣が手加減していたのだと痛感した。ふらつき、剣から手を離しかけたとき……黒い手袋をはめた手が代わりに剣を掴んだ。
「僕が代わります。貴方はノーデンスさんを押さえててください!」
「は……」
倒れかけた瞬間、クラウスの前に現れたのはグレーのスーツを来た青年だった。彼は剣を片手で押さえ、放出される霧をもう片手で包み込んでいく。
「うわっ……これはかなりきついな」
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫……とにかく剣を奪うことができれば」
青年は汗を流しながら刃に触れる。しかしノーデンスはまるで手を離そうとしない。叫び苦しみ、息も絶え絶えなのに。
既にノースの身体は限界だ。このままだと、彼がこときれない限り剣を奪うことができない。
「誰だが知らないが、アンタに任せていいのか?」
「僕はヴィクトルといいます。呪物の暴走を止めることはできるけど、この剣はノーデンスさんの命を奪って力を得ています。互いに力を循環しているから厄介です……っ」
床に膝をつき、ヴィクトルはノーデンスに向かって声をかけた。
「ノーデンスさん。ルネさんが心配してましたよ。お子さんだって……今もあなたの帰りを待ってる」
力を振り絞り、ノースの指を一本ずつ外していく。黒い霧は熱を持っており、ヴィクトルの手袋は段々炭と化した。彼らの指火傷し、見るからに痛々しい。
それでも怯まないヴィクトルもただ者じゃない。クラウスは深呼吸し、暴れるノースの腕をしっかり掴んだ。
「あとちょっと……!」
頼む。もう少し持ち堪えてくれ。
「早く会いに行ってあげてください。僕は何も知らない身だけど……多分、夫婦喧嘩はあなたの負けですから」
「だな。力がなくても、この夫婦は旦那の方がつええ」
最後の人差し指が外れる。
衝撃でヴィクトルは後ろへ倒れ込んだ。黒い闇は一瞬だが苦しむ人間の姿に変化し、刃の中に吸い込まれていった。
「はぁ、はぁ……っ」
もう、仰向けに倒れるノースの周りには何もない。空を包んでいた黒い霧も晴れ、窓から日差しが差し込み始めた。
「はぁ……疲れた……」
ヴィクトルは剣に黒く太い布を巻き付け、さらに大きな鞘に入れた。
クラウスは床に座り込み、天井を仰いだ。身体中が張り裂けそうなほど痛いのに、心はひどく澄み渡っている。
嵐の後の空って、何で腹立つほど綺麗なんだろう。
理不尽な怒りを覚えながら、ポケットの中からスキットルを取り出して酒を飲んだ。口の中の傷に染みる。でもどうしようもなく、生きてると実感する。
ランスタッドの誰にとっても。
不安を包み込むような、短く長い夜が明けた。
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