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禁絶の武器
#10
しおりを挟む「いやー、生きてるうちにこんな恐ろしいことがあるなんてな」
王城の伝設備管理棟では、各自担当者が仕事しながら現状を嘆いていた。
「テロ組織へ対策を練らないといけないってのに、前代未聞の天災。国王陛下も頭が痛いだろう」
「全くだ。おいたわしい」
ひとりの男性が頬杖をついた時、部屋の外から靴音が聞こえた。ゆっくり近付いてくる。業者か、もしくは伝令役か。
「……」
靴音は止まったが、待っていても扉は中々開かれなかった。
ここに用があるわけじゃなかったか。モニターに視線を戻し、仕事を再開する。その直後、外で凄まじい爆発音が聞こえた。
「な、何だ!?」
その場にいた全員が音に驚き、廊下へ飛び出す。そこは既に黒煙が吹き上がっていた。
「おいやばいぞ、電盤がやられてる!」
爆炎の中にあるのは城の心臓である伝設備。それは電気を変換する大事な機械で、落ちればどうなるかは明らかだ。
「明かりが消える……!」
設備室がある棟を含め、外周、地下、上層階まで一斉に電気が落ちた。この瞬間、城内は闇に包まれたことになる。
幸いここには非常灯がいくつも配置されてる為、消火器を取りに動くことはできた。
「くそ、とにかく火を消せ!」
必死の消火活動の末、鎮火に成功した。しかし復旧は絶望的なほど、広範囲に渡って伝設備が破壊されている。
「どうします、室長……」
「上はパニックになってるはずだ。まず城内全員に状況を報告する」
明かりがない状態で混乱が起きれば、怪我人が出る可能性が高まる。全員煙を避けて設備室へ戻ろうとしたが、それより先に扉が内側に閉まった。鍵がかかっており、ノブを回しても開かない。中に誰かいる。
「おい、誰だ!? ここを開けろ!」
ドアを何回叩いても反応はない。隙を見て侵入した者は、恐らく設備室の重要な設定を操作している。
城内の電源が落ちても、情報通信設備だけは非常電源が起動するはずだ。本来はそれを使って外部と通信するが、それすら壊されてしまったら……。
「……司令室からスペアキーを持ってくるんだ」
「は、はい!」
部下二人を城の中枢にある司令室へ向かわせ、他はその場に留まった。侵入者を易々と逃すわけにはいかない。部屋から出てきたところを捕えないと。
誰もが息を潜め、扉の前で待ち構えた。やがて低い摩擦音と共に、扉がゆっくり開かれた。
しかし侵入者は出てこない。音ひとつ聞こえない為、室長の男が先頭に立って突入した。
「……あ」
しかし誰がいるのか確認しようとした瞬間、幕が下ろされたように目の前が真っ暗になった。
床に倒れたことだけは分かる。部下が驚いた声で名を呼び、後方から駆け寄ってきていることも何とか分かった。
だが相変わらず何も見えない。周りにいる部下達も次々に床へ倒れたらしく、鈍い音が重なった。
まるで呪いにかけられたように、身体が動かない。
深い深い闇の中で、誰かが横を通り抜ける靴音だけが聞こえた。
「何……? 停電?」
上層階では設備班が危惧した通り、照明が消えたことに困惑する者で溢れかえっていた。
蝋燭を倒して小火になり、調理室では負傷する者が増えた。医療室へ行こうにも明かりがない状態では思うように進まず、寧ろ密集して怪我人が出てしまう状態だった。
「誘導灯だけは点くはずなのに、それも消えたまま。どうなってるんだ?」
「街の方が明るいぞ。いっそ外に出た方が安全なんじゃないか?」
ひとりが提案したことで下へ降りようとする者が続々と現れたが、それはやめた方がいい、と誰かが言った。
「これがただの停電かどうかも分からないのに下手に身動きするのは危険です。憲兵が配置されてる城内が一番安全ですから、皆さん、どうかそのままで」
「そ、それもそうか……テロの時も、結局首謀者が逃げていたもんな」
みな我先に逃げようとしていたが、各々納得したように頷き、その場に留まった。
声の主は広間に集まる雲集の間をすり抜け、さらに上の階へとのぼる。
一段一段、確かに踏みしめ、暗がりの中で白いシルエットを落としていく。
「……誰だ? そこで止まれ!」
王室が位置するひとつ下の階で、警備兵は階段から上がってきた男に長銃を向けた。銃口をつきつけられた男は驚き、慌てて両手を上げた。
「ちょっと待って……! 敵じゃありません、私です」
「あ!? ノーデンス様!」
現れたのは正装姿のノーデンスだった。もうひとりの警備兵もライトを持ってきて確かめる。
顔も髪も左手の指輪も、間違いなく普段のノーデンスだった。今は困ったように肩を落とし、丸腰であることを示している。
「ノーデンス様でしたか。大変申し訳ございません。本日城にお越しになってるとは聞いていなかったもので」
「すみません。外の状況を見て慌てて来たもので、連絡を忘れてしまいました」
兵の男達は銃口を天井に向け、一歩下がる。後ろには扉を挟み、上の階へ続く階段がある。
「ところでお召し物が随分汚れているようですが……なにかあったんですか?」
「これですか? 暗かったので派手に転んでしまって……あはは、お恥ずかしい」
ノースは腕や膝についた汚れを手で軽く払い、男達に向き直った。
「実は陛下にお話があるんです。謁見を申し入れたいのですが、お願いできますか?」
「……申し訳ございません。陛下は今件の対応でお忙しい為、ノーデンス様と言えどお通しすることは」
できない、と言った途端に、男は白目を向いて床に倒れた。
「おい、どうし……うっ!」
異変に気付いたもうひとりの男が銃を構えたが、彼も突如凄まじい頭痛と吐き気に襲われて意識を失った。
男達の間をすり抜け、ノーデンスは扉を開ける。そこにはまた大勢の警備隊がいたが、彼は姿を見られるより先に闇に紛れた。
「……侵入者だ! 入口を包囲しろ!」
前方に位置する兵達が一斉に銃を構える。一定の位置に予備の電灯を置いてはいるが、部屋全体を照らすにはまるで及ばない。皆息を殺し、銃に搭載されたライトで対象を探した。
だがひとり、またひとりと、何もないのに兵は倒れていった。喉を押さえて苦しむ者もいれば、泡を吹いて失神している者もいる。後方にいる者達は、それを見て恐れ戦く。
「俺達は人間を相手にしてるわけじゃないようだ……」
武器を捨てて部屋から逃げる者まで現れた。瞬く間に倒れた人間が床を埋めつくしてしまい、踏み場を探すのも困難な状況。そんな中、柱の影から現れたノースは鼻歌を唄いながら先へ進んだ。
床に落ちている武器を尻目に、ズボンのポケットに手を入れる。
ポケットからはどす黒い霧が絶え間なく流れていた。
ふと、闇の中で不思議に思う。
何で服がこんなに汚れてるんだろう。城の中が真っ暗なんだろう。
俺はどこに向かってるんだ。まるで分からないし、止まれない。
ただ彼らの為にやらなきゃいけないんだ。
「……ノーデンス」
奥へ進んでいた時、後ろから名前を呼ばれた。思わず振り返ると、息を切らしたクラウスが立っていた。
「念の為訊くぞ。お前がやったのか」
ノースは答えなかった。ただじっと、目の前の対象を観察している。“それ”が本当にクラウスなのか疑っているような目だった。
「答えられないのか? じゃあこっちに来い。頭がおかしくなってないか見てやるから」
クラウスは冗談混じりに手を差し伸べる。しかしノースは彼を無視し、奥へ向かった。
チッ……!
「待て、それ以上そっちへ行くな!」
大声を出したら唇を噛んだ。痛みにイラつきながらも、目の前の青年を追う。彼はクラウスを避け、距離をとるばかりだった。
闇の中で視界は悪いが、クラウスも持ってきていたライトを腕につけ、右手には鞘に収めた剣を構える。
ノースが白いスーツを着ているのも幸いだった。いくら暗いと言っても、彼が前を通れば嫌でも気付く。
恐らく城の明かりを落としたのは彼だ。王族を襲おうとしているのも彼。だがそんなことをする理由はひとつも思い当たらない。
自分以外の「誰か」だったなら、何一つ理解できなかっただろう。
「ノーデンス! 国王様を殺るつもりか?」
大声で問いかけると、彼は脚を止めた。どうやらアタリらしい。
「何で知ってるかって? お前の大事な大事な旦那さんから全部聴いたんだよ。もうずっと前からこうすることを決めてたみたいだな。……っつっても、まさかこんな突然おっぱじめるとは思わなかったよ」
ヨキートを訪れた時、クラウスはルネから内密の相談を受けていた。
───ノーデンスがランスタッドの王族を滅ぼそうとしている。その計画は非常に無謀で、且つ理解に苦しむものだった。最初は冗談だと思ったし、ルネの考え過ぎだろうと信じもしなかった。
だがルネのただならぬ様子を否定することもできなかった。考え過ぎだと一蹴することができないほど、彼はノーデンスを恐れていた。
破壊の力を持つノースだから、喧嘩したら生死に関わるのは分かっていたが……ルネが言っていたのはノースの二面生について。
「今まで呑気に武器を作ってたのに、何で突然王族に復讐したくなったんだ? もちろん俺達は今も昔も王族の言いなりだが」
ようやく兵達が倒れる広間を抜け、ノースと相対する。
「お前にとって大事なのは過去より未来だろ。旦那と子どもはお前の帰りを待ってんだぞ」
無防備な状態を狙って駆け寄ったが、彼に近付いた途端に、猛烈な頭痛に襲われた。立ってるのもやっとで、剣を支え替わりに床に突き刺す。
「くっ……」
だが、無表情のまま佇むノースの右ポケットから黒い何かが霧散していることが分かった。
十中八九あれが原因だ。息を止め、ノースに向かって剣を振り上げる。もちろん本気で切るつもりはないが、心配は無用だった。彼は容易くかわし、壁の電線を引っ張ってクラウスに投げつけた。電気は通ってないはずだが、その電線は青い火花を散らしていた。感電したら間違いなく気絶する。距離をとってかわし、長剣で彼の胸元に突き上げた。
甲高い金属音が響き渡る。
「お~……やっと見せてくれたな」
クラウスの刃先はノースの胸の前で、一本の剣によって止められていた。
その刃は黒く、異様な霧を全体から噴出している。見ているだけで頭痛と吐き気に襲われた。
ノースは鞘を床に投げ捨て、クラウスの顔をじっと見上げた。
「……ヴェルゼの血が流れる者」
静かに呟き、凄まじい力で振り払った。あまりの衝撃に倒れかけたが、何とかその場に留まる。
「同族は殺さない」
「何?」
ノースはうわ言のように何かを呟いている。クラウスに対してではなく、他の誰かに話しかけているようだ。
もしかしてあの剣と対話してるのか?
どう考えてもただの武器じゃない。超絶磨き上げた怨念を込めた呪物だ。
こんな時に、かつて祖父が言っていたことを思い出した。
王族の凶行に為す術もなかったとき、ヴェルゼ一族は同族の弔い場に一本の剣を立てていたらしい。その剣に殺された者の血を染み込ませ、何度も何度も打ち直したと。そして強すぎる呪いをまとった剣は後で壊すこともできず、誰にも分からない場所に埋めたという。
あまりに不気味な話なので、子どもを怖がらせる作り話だと思っていた。でももしかすると、それは事実なのかもしれない。
打ち合う度に何とも言えない感情が刃を伝って流れ込んでくる。
運命に対して諦めしか持ってないはずの自分が、王族に憎しみを抱き始めている。今まで何とも思っていなかったのに、嬲り殺された一族の苦しみや悲しみが心を埋めつくそうとしていた。
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