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禁絶の武器

#9

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「あれ。朝……だよな?」
「ええ、ウチの時計が全部止まってるわけないわよね。……でも外が真っ暗だわ」

海は黒一色、街灯がなければ落ちてしまいそうなほどに暗い。港に出た街の住人達はライトを手に困惑した。
夜が明けない現象など前代未聞だ。それもランスタッドに限定して、という事態が国民を混乱させた。


「……お母様、これって何が起きてるの……?」


城の最上階ではロッタが空を眺め、王后に尋ねた。
「空が曇ってるとかじゃない。完全に夜だよ」
明かりの灯る部屋で、昨日と同じ夜景を見つめる。ロッタが振り返ると、王后は寒そうにショールを羽織った。
「大丈夫ですよ。陛下含め、皆が原因を調べてくれています。私達はここで大人しくしていましょう」
「はい……」
国外から特別な使者が集結しようとしている。王族と言えど何の力も持たない自分達にできることはない。
大人しく解決を待つだけ、というのは落ち着かないけど。

ため息混じりに外を眺め、幼い王子の弟達を宥めた。
私達でさえ情報が全然ないんだから、街の人達はもっと不安なんだろうな。
眠くて眩しい朝がくるのが嫌で嫌で仕方なかったけど、今は一刻も早く太陽に顔を出してほしい。
「ノーデンス、どうしてるだろ……」
そっと瞼を伏せると、脳裏に浮かんだのはあの白い影だった。











王都から離れた郊外、ヴェルゼ一族の集落でもかつてない出来事に混乱が巻き起こっていた。

「真っ暗だ」

パニックになる者、恐怖を押し殺している者、議論を展開する者。それぞれが現実と直面している。そんな中、場違いにおちゃらけている会話が聞こえた。

「電気が使えなかったら今頃終わってましたね。耕地に出たら目の前に誰がいるのか分からないし、自分がどこに居るのかも分からない。いや~、やっぱ文明の利器ってすごいですよね」
「そうか。俺の家は電気が止まってるからその恩恵が全く感じられないぞ」
「へ、何で電気止まってるんですか?」
「ノーデンスがモタモタしてるせいだよ。電気代肩代わりしてくれるって言ってたくせに、あいつめ……」

集落の中央に位置する広場で、オッドとクラウスは互いに顔を見合せた。
広場には巨大な石灯篭が円を描いて置かれており、闇夜でも問題ない明かりを灯している。

「だっから、そもそも働かないアンタが悪いんでしょ? ノーデンス様のせいにしないの」
「いてえっ!」

あぐらをかくクラウスの後頭部をはたいたのはマオナだ。オッドに微笑み、それから不安げに首を傾げる。
「オッド君、ノーデンス様と連絡はとれた?」
「あぁ、それが全然。家にも行ったんですけど、留守でした」
「……なのに王都にもいない。もしかしたら、なにかあったのかも」
三人の話を聞いていた周りの職人達も声を揃えた。
「ノーデンス様が何の指示もされないのはおかしい。捜した方がいいんじゃないか?」
「そうだな。それに幸い、工場も動かせる。生産は止めない方がいいかもしれん」
何グループかに別れ、彼らはそれぞれ役割を決めて移動した。年配者や女性、子どもは広場に残り、それぞれ身を寄せ合っている。

「っはー……こんな時でも働くなんて、涙が出そうだ。普通仕事どころじゃないだろ。大人しく家でお留守番するか、あったかいもん飲みながらボスの指示待ちするぜ」
「どっちにしても休んでるんですね。ノーデンス様も今回の相手は説得ならずか……」
「小僧、何か言ったか?」
「あひっ、いえ何も!」

クラウスに睨め付けられ、オッドは慌てて背筋を伸ばした。そしてなにか思い出したように手を叩く。
「……そういえば。ノーデンス様は夜中に時々いなくなることがあるって、ルネ様が仰ってました」
「真夜中に? どうして」
「いや、ルネ様が分からないぐらいですから……でも何か、夜中じゃないといけない理由があったんですかね」
とは言え、そんなものは皆目見当もつかない。娯楽目的でなければ尚さら。
しばらく沈黙が続いたが、クラウスはやれやれと膝に手を当て、立ち上がった。

「ここで話してても拉致があかない。街に行ってくる」
「あら、クラウス……ノーデンス様が心配になったの?」
「まあ、不本意ながら頼まれちまったからな」
「頼まれた? 誰に?」

マオナは聞き返したが、その問いには答えず、クラウスは歩き出した。ひとまず工場に寄ると言い残し、二人に手を振った。
「意外とやる気満々じゃない。見直しちゃった。いつもそうなら良いのにね」
「あはは……でも本当に、ノーデンス様はどこへ行っちゃったんでしょ」
不安げに集まる人達を横目に、オッドは両手を組む。
「こういう時、ノーデンス様がいないとどうしたら良いか分からない。いつも偉そうに威張ってるおじさん達は家に篭って出てこないし」
「いつも不満を言う人ほど、困ったときは誰かが解決してくれるのを待つものよ」
長い髪を束ね、マオナは真っ直ぐオッドを見据えた。
「でも君はそうじゃないと思う」
寒そうに屈んでいる少女に自分の羽織りをかけ、ゆっくり顔を上げる。

「ノーデンス様は一族きっての心配症よ。指示待ちだけする子を育てたりしないんじゃないかしら。……皆も、本当はオッド君の指示を待ってるんだと思う」
「えええ!? 俺? ですか?」

素っ頓狂な声を上げ、オッドは露骨に驚いた。手を横に振り、体全体で拒否する。
「無理です、無理無理! 俺は言われたことしかできません! 第一俺みたいな若造の言うことなんて誰も聞いてくれませんよ!」
「そんなことないわ。忘れてるかもしれないけど、ノーデンス様だって最初は苦労されてたじゃない」
「ええ~、そうでしたっけ。皆従ってましたよ」
「ふふ……ごめんね、お節介焼いて。ただ、オッド君は自分を過小評価してる気がしちゃって」
マオナは水や衣類を集め、周りに振る舞った。空の闇はさらに濃くなってきているが、ここには一筋の光がある。

「過小評価かぁ……」

言われたことしかできない、やらない。それは逃れられない事実だと思ってる。そんな自分を側近に選んだノーデンス様の考えが理解できない時期もあった。
でも期待に応えたいのも本当だ。彼が自分を育てようとしていたことも事実で、そこには確かに“信頼”があったはずだと。

彼は近くこんな状況になることを予見していたのかもしれない。ならば彼が戻ってきた時、胸を張れるように。
俺は俺ができることをしなくちゃ。






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