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禁絶の武器
#7
しおりを挟む「パパ、どうしたの?」
オリビエは心配そうに、そっと服を引っ張ってきた。
「泣いてるの?」
「泣いてないよ」
むしろ笑っている。涙だって流してないのに……この子の目には泣いてるように写ってるのかな。
怖いぐらい勘が良いから、大人でも下手な演技をすれば見破られてしまう。
だからノースが不安がるのも分かる。これからもっともっと、自分達の不甲斐ない部分を知られてしまうんだ。
「大丈夫」
でもそんなのは大した問題じゃない。ここまで元気に成長してくれたことに最上の喜びを感じている。
「疲れちゃったんだよ。パパもお仕事頑張ってるから」
「ふふ。……オリビエがそう言うなら、そういうことにしちゃおうか」
子煩悩なノースと同じような反応をして、再び歩き出す。
しばらく静かに城まで戻っていたが、オリビエは急に手を叩き、ルネの前に回った。
「ねえ、ママが帰ってきたらお祝いしよ! 僕もご飯つくるから!」
「いいね。ちなみに、何のお祝い?」
「うーん。ママがお仕事頑張ったお祝い! それと……ママとパパが僕を選んでくれたことの、お祝いもしたい。お祝いっていうか、ええと」
「……もしかして、お礼?」
「お礼~……で合ってる?」
オリビエは首を傾げながら答えた。その様子が可笑しくて、思わず笑ってしまう。
オリビエが私達を選んでくれたようなものなのに、逆に感謝されてしまった。
こうして健やかに育ってくれただけで、とっくに親孝行になっている。懐かしさに目を眇めながら、オリビエの背中に手を添えた。
「ありがとう。じゃあ、そうだな……パパがご馳走を作るから、オリビエにはそのお手伝いをしてもらおうかな」
「うん、絶対やる!」
「よし。じゃあパパは今からレシピを考えとくよ」
先の楽しみをつくれば、辛いことも乗り越えられる。
単純だけど、昔からそうしてノースと過ごしてきた。滅多にない大きな喜びより、小さな喜びがこまめに散らばってる方が良い。
また三人で食卓を囲む光景を胸に秘め、飲み込まれそうな夜空に祈った。
久しぶりに両親や兄弟と夕食を共にした。オリビエは疲れたのか、ベッドに入るとすぐに眠ってしまった。直前まで元気にはしゃいでいたけど、本人が感じてる以上に疲れがたまっていたんだろう。
起こさないよう静かに布団をかけ、ドアを閉めた。
夜が深まり、街の灯りが徐々に消えていく。ルネはテラスに置かれた椅子に腰掛け、遠くの夜景をぼんやりと眺めた。
今は真っ暗で境界も分からないけど、連なる灯りのずっと向こうにランスタッドがある。
あそこにノースがいると思うと安心する。と同時に、果てしない虚無感が訪れる。
数ヶ月前はこれが日常だったのだけれど、よく耐えていたなと我ながら感心した。
彼と結ばれるまで長い月日がかかったけど、一緒になってからは一瞬で駆け抜けた。夜は殊更に甘くて、気付けば朝まで求めてしまうことも多々あった。若気の至りになるが、今思えばもう少し自制すべきだった、と反省している。妊娠したのも早かったし……。
内心苦笑いしながら、ひと休みに紅茶を飲む。
彼との思い出を丁寧に拾いながら、カップを両手で支えた。
あの頃の自分は、周りから見れば突っ走る子どもにしか見えなかっただろう。恋は冷静さを鈍らせる。
それは大人になったからというより、ひとりになったから気付けたことだ。離れてみて自分の盲目さが身に染みたし、より彼を求めていることが分かった。
ノースがいない人生なんて考えられない。畢竟、それほどに彼を愛している。
そして彼を恐れている。……いや、彼を変えた“なにか”に対して。
今から一年ほど前、ノースは白いスーツを着るようになった。
初めは白銀の髪と相まって、純粋に似合うと褒めていたけど、あの頃から彼の言動や行動は一変した。
もちろん違和感を少しも覚えなかったわけじゃない。
注目を浴びることが苦手な彼が、目立つ服を選んだこと。でもそれは現場から離れ、交渉役に回ったことによるものだろう、と周りも口を揃えていた。
そう……でも今思うとそれすらもおかしかった。
武器作りが何よりも大好きなノースが、武器を作らないなんて。
職人達に製作を一任させ、自身は勢力を拡大する為に奔走する。一体何の為なのか尋ねると、彼は目も合わさずに告げた。
『侵略者を排除する為だよ』
それが誰のことを指してるのか、すぐには理解できなかった。けど話していくにつれ、彼が今の王族達に強い憎しみを抱いていると分かった。
ランスタッドの混沌の時代は、異国から大量に流れ込んだ棄民達によって齎された。その中で武力を得た一族が争いを鎮圧し、国を統べている。それは恐らく事実だろう。
しかしノースはその“裏側”について静かに打ち明ける。
かつての王族は命令に従わない者を容赦なく処刑した。女性や子どもですら、邪魔だと判断すればその場で切り捨てた。見せしめの為に何日もかけて、無惨に殺された者もいる。
理不尽に命を奪われる者と、恐怖ゆえに武器を作る者。
ノースの祖父もその時代に虐使されたひとりだ。戦争を激化させる武器作りに反発したゆえ兄弟を人質にとられ、最後は収監された。檻の中で妻や子ども達に自身の無力さを嘆いたという。
武器を生み出すことはできても一族の数では侵略者に勝てない。ランスタッドの民は侵略者を英雄視している。なんと情けなく、愚かしいことか。
侵略者はヴェルゼ一族を裏で苦役し、史実を変え、新たな王族として君臨した。
何も知らない国民は戦争を終結した彼らを崇めた。
『終戦後、王族は口止めも兼ねて当時の代表にランスタッドの外れにある土地を与えた。それと武器生産の継続を許可した』
終戦後も、国の発展の為なら武器作りを許可する契約。その為の補助や工場も与えられたが、制約の多さから活動範囲は一層限定された。まるで一族を街の人間となるべく接触させない為の囲いだ。
王が死去し、その子ども達に継承されるにつれて体制は少しずつだが変化した。
昔よりずっと良くなっているはず……王族が許し難いことをしたとしても、今のノースがそこまで憎む理由にはなり得ない。
王族を皆殺しにしないといけないなんて、そんなことを彼が言えるはずがないんだ。
でも彼ははっきりと殺意を口にした。その声や表情に冗談めいたものは一切感じられない。出逢ってから初めて畏怖を覚えた瞬間だった。
「今さら」ではなく、誰もが過去を忘れている「今だから」実行する。
なにかに取り憑かれたように、ノースは狂気を秘めた瞳で微笑んだ。
理解も感情も、何もかも追いつかない。ただ説得することしかできなかった。過去を否定する気はないけど、未来を壊す計画には絶対に賛同できない。今はもう、誰かを傷つけることは自滅にしかならないから。
王族を殺す為に力が必要だと言う彼と毎晩のように衝突し、すれ違う日が続いた。
ノースもどこかへ出掛け、朝まで帰らない日もあった。仕事優先でオリビエのことすら関知しない。けど心配すればするほど彼との溝は深まり、ひたすら説得するだけの日々になって。
彼がオリビエの前でも殺伐と復讐について話すようになった時、限界だと思った。
子どもの前でしていい話じゃない。幼いから何を言っても分からないと思ったのか。
窘めるつもりで問うと、ノースは驚いてオリビエを見た。
────あぁ、そうか。
小さく呟いて、掠れた声で笑う。
彼は息子の存在にまるで気付いていなかった。
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