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禁絶の武器

#4

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埒が明かないので仲裁に入ったが、争いの火種になってしまった。ここにいても悪化するだけだと思い、一刻も早く退散することにした。こっちもこんな時間にひとり暮らしの女性の家に上がるほど無神経じゃない。

「マオナさん、俺は大丈夫ですよ。急いでやりたいこともあるし、郊外の借家に戻ります」
「大丈夫ですか……? 私にできることがあれば何なりとお申し付けくださいね」
「ありがとうございます。あ、家に入ったらすぐに鍵をかけてくださいね。入る瞬間を狙ってる変質者が近くにいるので」
「俺のことか」と呟くクラウスを無視し、マオナに微笑みかける。彼女はほっとした様子でおやすみなさいと言い、自身の家へ戻っていった。これで遠慮なく言い合える。

「本っ……当に問題ですよ。マオナさんが寛大だからいいものの、次不法侵入したら掟に従って処罰しますからね」
「すまない。初犯とはいえ猛省してる」
初犯と言うが、信用を失うには一回で充分ということを分かってるんだろうか……?
「ああ、それに昨日はちょっと酔ってたからな」
「酔ってる男に強引に押し入られて、本当に怖かったでしょうね。マオナさん気の毒過ぎる……」
「分かってる、明日ちゃんと詫びる。お前と話して、俺も心を入れ替える気になったから」

クラウスは暗い面持ちだっだが、すぐ目に光を取り戻した。それを見たらつい口から零れてしまった。
「マオナさんに早くプロポーズしたらいいのに」
しまった、と思った時には既に遅く、彼は鬼の形相をしていた。
「じゃっ俺ももう帰ります。おやすみなさーい」
「待て。絶対あいつの前でそういう冗談は言うなよ」
「わかりました。言いません」
さりげなく距離をとりながら、帰路へ向く。恐る恐る振り返ると、彼はまたため息をついた。

「……限界まで堕落して、せっかく諦められそうだったのにな」

その声は落胆していたけど、決して悲愴に満ちたものではなかった。
なにかが彼に光を与えてるのは確かだ。それが分かり、少し嬉しくなる。
「そんな簡単に諦められたら苦労しませんて」
「本当だな。でも今の俺じゃ見向きもしてもらえないよ」
頷きそうになり、何とか誤魔化す。
実際のところ、泥酔したり家に転がり込んだり。今の彼の心象は最悪だろう。仕事もサボってるし。
「まずは明日謝って、許してもらうことを目標にしましょうよ。見直してもらうのは、また次の日からいいでしょ」
数日ちょっとで修復するものではないだろうけど、彼らは何年もの間一緒に過ごしている。
それに何だかんだ言ってマオナは彼のことを心配していた。あれは幼馴染だからというより、もう少し踏み込んだ感情の気がする。
でも勘違いかもしれないし、クラウスが調子に乗ってもいけないから黙っとこう。

「応援してますよ。おやすみなさい」

軽く手を振り、街に続く一本道を進んだ。

万が一にもクラウスとマオナにおめでたい話が出たら、その時は壮大に祝おうか。一足先に想像して、少し笑いが零れる。

と同時に、やっぱり自分は人付き合いが苦手だと痛感する。

仕事なら取り繕うことはできるけど、自信を持って信頼関係を築けた、と思う人はあまりいない。
マオナを含め、一族の皆は初めから俺を慕ってくれた。俺が頑張るまでもなく協力してくれたから、それを当たり前のように認識して甘えてしまっていた。

この一年、反省することばかりだ。ため息をつき、自身の頬を両手で打つ。

ふと思う。
こんな自分だからルネにも愛想をつかされたんだろうか。

頬にあたる風が冷たい。
ひとりになると、この辺りはランスタッドとは違うのだと再認識する。どこまでも広がる、終わりのない夜空を見上げると足元が不安になった。

踏み外さないように、街の方角を目指して進む。遠くの明かりを頼りに、胸元に手を当てて。

何だか気持ち悪い。理由は分からないけど、歩く度に胸の中で何かが暴れている。
早く家に帰らないと。そう思ったのに、何故か足は家に続く道から逸れ、何もない荒野へ進んでいった。
背の高い雑草が繁茂する薮を掻き分け、どんどん先へ行く。枯れ草が顔や手にあたり、ただでさえ汚れてるのに傷だらけになった。

自分がどうしてしまったのか分からない。意志と関係なく勝手に動く身体。何かに乗っ取られたかのように、無我夢中でどこかへ移動していく。
薮を抜けた先はランスタッドの最果て。そこは知ってるが、────今は行きたくない。

やっとのことで視界が開ける。荒れ果てた丘の上に佇むのは異様な気配を放つ廃屋。その中から、自分を呼ぶ者がいる。
脚を引きずるようにして近付き、冷たいドアノブに手をかける。冷や汗が止まらず、気付けば肩で呼吸していた。
今夜はここに来てはいけない気がする。頭の中で鳴り響く警鐘とは反対に、床を軋ませる。二階ではなく地下へ続く階段をひたすら下った。
明かりがないと何も見えないのに、足は階段の幅を完全に理解していた。最下層まで難なく辿り着き、奥の部屋へ向かっていく。

あ……。

以前来た時とは違う。“彼ら”が怒りに震えてるのは変わらないが、対象が変わったのだ。王族ではなく、今度は復讐を実行しない俺に。

「駄目だ。まだ、待って……」

台座に立てかけられた、古びた短剣の前に跪く。一族の無念と怨念が込められた禁断の武器は、今は自分だけが把握し、管理していた。力が強過ぎてここから持ち出すこともできなかったが、床についた手は剣の柄へ伸びる。

剣の重量を感じた瞬間、凄まじい苦痛が体を襲った。
再びその場に倒れ、焼けそうな喉を押さえる。焼き殺された人や、喉を切り裂かれて絶滅した人。心臓を突き刺された人、銅で押し潰された人。先祖が受けた苦しみがノーデンスの体に流れ込んだ。

声にならない叫びを上げ、助けを求める。

「あ、ルネ……ッ」

痛い、痛い。
まともに息することもできず、喉や胸を掻きむしった。口の中を噛み切ったらしく、鉄の味が広がる。さらに呼吸困難に陥り、本気で死を意識した。
助けて。
いや、いっそ殺してくれ。
終わりのない痛みに精神が壊れかけたが、それらから逃げる唯一の方法を思い出した。

王族……。

鞘が抜け落ちた剣を地に突き刺し、ゆっくりと起き上がる。
血の塊を吐き捨て、うわ言のように繰り返した。

「ごめんなさい。俺がやります。今度こそ……」

回りくどいことなんかせず、初めからこの武器を使えばよかった。そう頭の中で殴られ、何度も頷いた。反発しないで彼らの言う通りにすればいい。自分が生まれた意味はそれだけだ。

勘違いするな。
一人だけ幸せになるなんて許さない───。

「もちろん……」

そんなことにはならない。

彼らを解放する為に、今度こそ王族を皆殺しにする。







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