ある野望を話したら夫が子どもを連れて出ていった話

七賀ごふん

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禁絶の武器

#1

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「いたたた……」
かれこれ数時間揺られ、ノーデンスは久々に帰宅した。
借家とはいえ今では立派な我が家だ。身につけているものは全て外し、閉めきったカーテンを開けた。
クラウス達が乗った車は工場のエリアまで行き、送迎者はヨキートへ戻るらしい。
今までも思ってはいたが、車ではなく飛行機で帰りたい。国境付近は悪路ゆえ揺れが酷く、腰を痛めてしまう。

シャワーを浴びていたらすっかり朝になってしまった。大切な通行証や身分証は部屋の棚に仕舞い、コーヒーをいれて一息つく。

「……」

椅子に座って周りを見回すも、音一つ聞こえない。
そうか。
ルネがいないとこんなにも静かだったか。

当たり前のことに驚き、背もたれに寄りかかる。
我ながら困ったものだ。もうルネが恋しい。オリビエに会いたい。
机に置いた指輪を眺め、自嘲的に笑った。

気まぐれに流したラジオからは物騒なニュースばかり聞こえる。すぐに自分を奮い立たせ、王都へ向かった。




「ノーデンス様~!! お帰りなさい!!」

王城から少し離れた基地へ着くと、オッドが目を潤ませながら駆け寄ってきた。その額にデコピンすると、彼は悲痛な叫びを上げてよろめいた。
「痛い! 何するんですか!」
「すまん。嬉しそうな顔浮かべてたから、つい」
オッドは以前と何ら変わらず、表情豊かに不満をもらしている。
「俺がいない間上手く回してくれてたみたいだな。ありがとう」
武器の生産量も収益も悪くない。タブレット端末で確認していると、オッドは少し曇った顔になった。
「そんなことありません。それに外部より、内部をまとめる方が大変というか」
「そうかもな」
特にオッドのように若いと、それだけで甘く見られる。
それでも彼に統率を任せていたのは育てる為だ。今回のように自分がいなくなった時、代わりに取り締まれる者をつくる為。
「俺がいるうちは何度でも失敗しろ。失敗しなきゃ学べないこともあるだろ。心配しなくてもちゃんとリカバリーしてやる」
「ノーデンス様ぁ……ありがとうございます」
珍しく感動してる彼を引き連れ、ネルヴァに引き渡す兵器を絞った。ほとんどは軍で開発された戦闘兵器や音速兵器で、自分達のところから供与できる武器は小型の機銃だけだった。

点検や整備をしていると、本当にこれから大戦争が起きる気がしてくる。何故ならこの武器達は飾りではなく、使われる為に運ばれるから。

利益を求めない今回の要請なんて、自分達の名前を売る為の営業でしかない。決して憐憫の情で武器を送るわけではないのだ。
「はっ……」
こんな時までフランに言われた言葉を思い出す。全て図星だからだろう。
「なぁオッド」
「はい?」
それをより強く認識することに意味はあるだろうか。

「ランスタッドを出れば、俺達を恨んでる人間が死ぬほどいるってことは分かってるよな」
「え。えぇ」
「そんな人達に会ったらどうするべきだと思う?」

えぇ……と、オッドは見るからに困惑していた。というのも、何故今そんな話をするのか、といった様子だった。
「えっと、新しい試験ですか」
「そんなんじゃない。純粋に、お前だったらどうするのかを知りたいんだ」
武器を一点ずつケースに収納していきながら、彼に背を向けて答える。

「……嫌われたり蔑まれたりってことは何度も経験ありますけど、明確に殺意や憎しみを向けられたことはないので正直分かりません。でも」

一呼吸置いて、彼はこちらに一歩歩み寄った。

「何を言われても反論はしないと思います。でも攻撃されたら、正当防衛はしちゃいますかね。場合によってはやり返すかも」
「俺達が百パーセント悪くても、か」
「はい。百パーセント悪くても、俺達は百二十パーセント武器を作らないと生きていけないから」

ハッとして振り返った。目を丸くするノーデンスに、オッドは困ったように笑う。

「俺達ってそれしかないじゃないですか。世界から絶対悪だと思われても、滅びるまで作りますよ。それで死ねたら本望でしょう」
「本望? 本当に?」
「はい。って、死にたくはないですけどね。武器って最低な物だけど、最高な物だとも思うんです。人の命を奪ってしまうけれど、自分や誰かを守ることもできるから」

それはオッドの本音だと思えた。
銃のバレルを撫で、彼は満足そうに告げた。

─────自分と似通っている。

当たり前に武器を作るから、武器を使った代償について深く聴きとることはしてこなかった。けど彼も俺と一緒だったんだ。
「武器を“力”として所有するのと、護身用に所有するのとでは全然違いますもんね」
「……そうだな」
願わくば武器を持つ者が皆後者であってほしい。でもそんなのは不可能だ。
殺し合いに使ってほしいわけじゃない。それでも作り続ける。

「俺達は最高に矛盾してるよな。平和も願ってるけど、争いの道具を生み出して」
「ノーデンス様……」

オッドが心配そうに見つめていることに気付き、すかさず手を振った。
「今のは忘れてくれ。でもお前の意見を聴けて良かったよ、ありがとう」
「ノーデンス様、今日はやたらと感謝の言葉多いですね。やっぱりルネ様のおかげでしょうか」
「はぁ? 俺は元から優しいだろうが」
「そうでしたっけ……いやいや、そうですね。すみません、ノーデンス様は誰よりも慈悲深い方です」
相変わらずお世辞が下手だと思ったが、アホらしくなってフェードアウトした。



嫌われても憎まれても、やり続ける。それはとてもとても疲れることだ。

俺はいつからこれを受け入れたんだろう。
物心ついた時?
父が死んだとき?
一族の代表に選ばれたとき?

なにかを責任と勘違いして、使命感を抱え込んだ。
武器をつくること、それと、


「ノーデンス。久々だな」


俺達を制圧した王族を潰すこと。


「お久しぶりです、陛下。今朝ヨキートから帰国致しました」


王宮でローランドに謁見し、ノーデンスは片膝をついた。
せいぜい一ヶ月程なのに、本当に久しぶりに感じる。控えめな装飾も、室内のひんやりした空気も、玉座につく彼の声も。
いつから自分はこんな仰々しい場所に出入りするようになったんだろう。戻ってから記憶が混濁しているようだ。

「昨日は大変だったな。……してルネ王子は? ひとりで戻ってきたのか」
「私ひとりです。ルネはヨキートに残りましたが、いずれまた」

また……その先は上手く出てこなかった。不審に思われると困るので、すぐに話題を変える。
「ネルヴァに送る兵器の点検は完了しました。またなにかあればご用命ください」
「あぁ。すまないが、また力を借りる」
ローランドに一礼し、扉へ向かう。その途中も妙に落ち着かなかった。
胸がざわざわする。このまま彼から離れるのはどうなのか、というもの。

こんなにも憎い相手が近くにいるのに?

「うっ……!」
「ノーデンス様? 如何なさいましたか?」

突然頭を押さえたノーデンスを、近くにいた憲兵が心配する。
「だ、大丈夫です。少し立ち眩みしてしまって」
陛下に気付かれてはまずいと思い、笑って流した。足早に王宮を抜け、そのまま自分のかつての部屋まで向かう。

何なんだ。頭が痛い。

指先に震えが起きる。また風邪だろうか……でもこの嫌な感じは胸のあたりからきてる気もする。

このまま工場へ行くのは無理だ。また少し部屋で休もう。
覚束無い足取りで、何とか部屋までたどり着いた。
瞼を伏せると大事な人の顔と憎い人の顔が交互に現れる。自分はどうかしてしまったのだと、頭の隅では理解していた。







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