上 下
77 / 113
天の配剤

#10

しおりを挟む




あぁ……。

「ここにいたい」

ずっと仕舞っておこうと思ったのに、今朝抱いた願いを取りこぼしてしまった。
「ノース?」
本当のことは言ってはいけないのに。
不安や心配をかけないよう強く握っていた手綱から手を離してしまった。
「やめたい、と思っちまったんだ。全部投げ出して、今すぐお前とオリビエと一緒に逃げちまおうかと思った。……一瞬だけな?」
吐露したことは呪いのように、自身とルネに絡みつく。吐き出したら楽になる、なんてことばかりじゃない。むしろ後悔して、もっと苦しくなる時もある。今がそれだろう。

「悪い。忘れてくれ」

ルネの肩を叩き、彼の返答を待つ前にオリビエ達の方へ向かった。
心が揺らぐ前に現実を直視しないといけない。でないとまた振り返ってしまう。
「…………」
ルネは黙ったまま、それ以上何も訊いてこなかった。助かったと安心する傍ら、自虐的に笑ってしまう。

いつだって自分の首を絞めるのは自分のくせに。






「ママ、またお仕事行っちゃうの? 次はいつ帰ってくるの?」
「……ごめんな、まだ全然分からないんだけど……今回の仕事が終わったら帰ってくるよ」
空が薄闇に覆われた夕刻、城門前で不安そうに見つめるオリビエの頭を撫でた。
次いで小さな体を抱き締めた後、複雑な気持ちに苛まれる。ノーデンスの拠点はランスタッドの為、ヨキートに“帰る”というのは微妙な表現だ。

でもオリビエの故郷は完全にこの国になっている。クラウスとマオナもなにかしら思っているだろうが、それについては特に何も言わなかった。
「オリビエ様、お元気で。また一緒に遊んでくださいね」
「うんっ!」
マオナは下に屈んでオリビエに笑いかけ、クラウスはルネとなにか話していた。
「クラウスさん。短い間でしたが、いずれまた……」
「ああ。大丈夫、ちゃーんと見とくよ」
何の件かは分からないが、耳を澄ます前に迎えの車がきた。

「いやー、車は楽でいいよなぁ」

ヨキートが手配した輸送車に乗り込み、クラウスは一番にシートに凭れた。だがマオナが階段を上って乗り込む際は手を引き、手伝っていた。

「じゃ……ルネ、またな」

扉の手摺を掴んで上ろうとする前に、顔だけ振り返った。
完全に振り向いたら、もっときつくなる。

「オリビエを頼む」
「……ああ」

吹き抜ける風で凍えそうだ。ルネとオリビエに早く城内に戻るよう伝え、重厚な扉を閉めた。
「では、発車します」
車が走り出す。横向きのシートに腰掛けた。対面にマオナとクラウスが座っている。

「ノーデンス様、大丈夫ですよ。寂しくなりますが、きっとすぐにヨキートへ戻れますわ」
「そうですね。すみません、辛気臭くなって」

マオナはやはり気にしてくれているようで、気遣う言葉を掛けてきた。反対にクラウスは面倒そうに頭を掻いている。
こんなことで後悔してるなら他国の王族なんかと結婚するな、と言いたいんだろう。自分でもそう思うから死んでも弱音は吐かない。

でも仕方ないんだ。俺は絶対、ルネ以外を好きにはならなかった。

別居してる時だって、彼以外の誰かを強く想ったことは一度もない。結局俺の人生に必要不可欠なのは彼なのだと……気付くのが遅かったことが、一番の悪因だ。

ルネ……。

人目が気になって、伝えたいことも伝えられなかったなぁ。

「ランスタッドまでまだ相当あります。お二人とも、休んでください」

完全に日が傾き、国境からも離れて車は山道に入った。
装甲つきの大きな輸送車の為、走ってる最中もそれなりの音が響く。
「ふぅ……」
ずっと座っているのも中々しんどいもので、時折脚を伸ばして天井を眺めた。目の前の二人もようやく眠りについたようで、肩を並べて俯いている。

こうして見るとお似合いな気がするけど、互いにどう思ってるんだろう。

考えてみたものの、野暮でしかないと首を横に振る。
ランスタッドに着いたらすぐに確認したいことが山ほどあるし、少し仮眠しよう。瞼を伏せて、闇の中に身を投じた。



規則的な振動を感じている。でも、段々落ちていくようだ。緩やかに転がって、誰かの叫び声が近付いてくる。

これは初めてじゃない。そう分かったら突然恐ろしくなって、自分の姿も見えないのに逃げようと駆け出した。

何故逃げるのと何かが追ってくる。耳を塞いでも頭の中で反響して、“それ”はどこまでもついてきた。

逃げられるわけがない。そう……だって、今自分から“向かって”いるのだから。

『おかえり』

耳元で、何十人もの声が重なって聞こえた。
「うわあっ!」
冷たい手が首に触れた気がして、ノーデンスは飛び起きる。ところが後ろは車の壁で、目の前にはマオナとクラウスがいた。

「ノーデンス様? 大丈夫ですか?」
「うなされてたぞ。ったく、寝てる時までうるさい奴だな」

「…………あ」

夢を見ていたらしい。真っ暗な世界で、ひたすらなにかに追われる。
以前もよく見ていたけど、ヨキートでは一度も見なかったから油断していた。額は汗が伝い、手も相当汗ばんでいた。

「もうランスタッドに入りましたよ。王城へ直行しても大丈夫ですか? ノーデンス様は今街の外の邸宅にお住まいなんですよね」
「あぁ……そうです、えっと……先にそこで降ります。後から工場へ向かうので、お二人は乗っててもらえますか」
「はい」
「……了解」

二人の頷きを確認し、小窓のカーテンを開ける。確かに山と小麦畑が広がる光景は、ランスタッドの最果てに戻って来た感覚が強まる。

戻ってきた。
そうため息をついた時、また誰かに「おかえり」と言われた気がした。

「……っ」

さっきから何なんだ。
得体の知れない不快感に臍を噛む。外は朝の光が強まっているのに、どす黒い不安が拭えない。両腕で体を抱き締めるようにし、内から溢れそうななにかを必死に抑え込んだ。







しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。 ▼毎日18時投稿予定

最強の魔王が異世界に転移したので冒険者ギルドに所属してみました。

羽海汐遠
ファンタジー
 最強の魔王ソフィが支配するアレルバレルの地。  彼はこの地で数千年に渡り統治を続けてきたが、圧政だと言い張る勇者マリスたちが立ち上がり、魔王城に攻め込んでくる。  残すは魔王ソフィのみとなった事で勇者たちは勝利を確信するが、肝心の魔王ソフィに全く歯が立たず、片手であっさりと勇者たちはやられてしまう。そんな中で勇者パーティの一人、賢者リルトマーカが取り出したマジックアイテムで、一度だけ奇跡を起こすと言われる『根源の玉』を使われて、魔王ソフィは異世界へと飛ばされてしまうのだった。  最強の魔王は新たな世界に降り立ち、冒険者ギルドに所属する。  そして最強の魔王は、この新たな世界でかつて諦めた願いを再び抱き始める。  彼の願いとはソフィ自身に敗北を与えられる程の強さを持つ至高の存在と出会い、そして全力で戦った上で可能であれば、その至高の相手に完膚なきまでに叩き潰された後に敵わないと思わせて欲しいという願いである。  人間を愛する優しき魔王は、その強さ故に孤独を感じる。  彼の願望である至高の存在に、果たして巡り合うことが出来るのだろうか。  『カクヨム』  2021.3『第六回カクヨムコンテスト』最終選考作品。  2024.3『MFブックス10周年記念小説コンテスト』最終選考作品。  『小説家になろう』  2024.9『累計PV1800万回』達成作品。  ※出来るだけ、毎日投稿を心掛けています。  小説家になろう様 https://ncode.syosetu.com/n4450fx/   カクヨム様 https://kakuyomu.jp/works/1177354054896551796  ノベルバ様 https://novelba.com/indies/works/932709  ノベルアッププラス様 https://novelup.plus/story/998963655

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

処理中です...