ある野望を話したら夫が子どもを連れて出ていった話

七賀ごふん

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天の配剤

#9

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「クラウスさんとはさっき会いました。ルネの部屋にいると思うので……行きましょうか」
行きたくないけど。笑顔をつくりながら、頭の中では嫌すぎてばたついている。
でも、さっきのやり取り中にマオナがいなかったのは幸いだ。頭に血が上ってる状態を見られていいことは一つもない。クラウスが言っていたように、俺や武器から離れる一因になる。

「ノーデンス様、クラウスになにか言われましたか」
「えっ」

胸の重りを見事に見破られ、思わず変な声を出してしまう。
「何だか元気がないように見受けられたので」
「いや、全然そんなことありませんよ。久しぶりにお二人と話せて良かったです」
なにかを誤魔化そうとする時、ついつい首元を触ってしまう。この癖がマオナにバレてないと良いが。

「申し訳ありません。昔はあんな奴じゃなかったんですけど」

廊下を進みながら、彼女は小さなため息を零した。ノーデンスの心中を汲み取ったのは間違いないが、どの程度の打撃かまでは悟られてないようだ。
「マオナさんは、確かクラウスさんと長い付き合いですもんね」
「幼馴染というか、腐れ縁です。周りの言うことも全然聞かないで……だから今回付き添うよう頼まれたんですが、私の言うことも全然聞きません。一体何がしたいんだか」
「…………」
皆が皆、物分りがよく規律に忠実なわけじゃない。百人集めたら数人はトラブルメーカーがいるように、至極当然のことだ。
ただ生来のものではなく何かがキッカケで変わったのだとしたら、その原因を突き止めなくてはならない。

「クラウスさんは武器作りを良く思ってないのでしょうか」
「あら、そんなことまで? ……でもそうですね。私も知らなかったんですが、武器はまるで完成できてないみたいです」
穀潰しですねと笑顔で毒を吐く為、ギャップに笑ってしまった。多分彼に対してだからこんなに毒舌になれるんだろう。
「スランプもありますから、作れないならそれでも良いんです。ただ“作らない”なら、どうにかしないといけないと思って」

長い廊下を渡りきり、上の階に続く移動装置に乗る。長椅子で囲まれている為、マオナに掛けてもらった。
「まぁ、俺が作れって言うのもエゴなんですけど。他にも全く関係ない職についてる人もいるし……ただクラウスさんは鍛治の腕が傑出してるから、やめるのは勿体ないと感じてしまって」
「ノーデンス様がそう思うのは当然ですわ。元々私達は貧しい小さな一族。でも今は製作した武器が国益になり、不自由ない生活が手に入った。私のように、趣味や好きな仕事につける人が増えたのもノーデンス様のおかげです」
マオナは瞼を伏せ、慎ましく告げた。

「……ありがとうございます」

すごく嬉しくてホッとしたのに、改めて感謝されるとこそばゆい。
でも今は一番聴きたかった言葉だ。こんなことでへこたれてる場合じゃないと鼓舞される。マオナにもう一度例を言い、ルネの部屋に戻った。
「長旅で疲れてるでしょう。マオナさんはクラウスさんと少し休んでてください。夕方前には出発します」
「承知しました」
マオナはドレスの裾を引き、警備中の憲兵にも挨拶した。クラウスがいるはずのゲストルームに案内しようとすると、そこには信じられない光景が広がっていた。

「何だ? 酒くさ……」
「あらあら」

扉を開けて一番に感じたのは強い酒の香り。嫌な予感がして奥のテーブル席へ行くと、そこには酒瓶を何本も開けて宴中のルネとクラウスがいた。もっともクラウスに関しては、既に酔い潰れて席に突っ伏している。
「おいっ! 朝っぱらから何してんだ!!」
世間はテロの話でもちきりだと言うのに、ここだけ異次元の空間と化している。不謹慎というか、あまりに不用心だ。
「うーん……怒鳴るなって、頭に響くから」
「クラウス! ノーデンス様になんて口を聞くの!」
マオナはテーブルに寄り、空になった瓶をクラウスの頭に振り落とした。それはそれでやばいと思ったけど、つい見てないふりをしてしまった。

「おかえり、ノース。クラウスさんはお酒弱いんだね」

クラウスと対面しているルネは、優雅にワインを嗜んでいる。だがテーブルに転がってる瓶の数を見るあたり、相当飲ませてるようだ。
「お前が強過ぎるんだよ」
「でも、お酒は良い関係を築く潤滑油だから」
「限度があるだろ……」
悪びれる様子のないルネにため息をついてると、マオナが慌ててこちらへやってきた。
「ルネ様、大変ご無沙汰しております。マオナです」
「マオナさん。本当にお久しぶりです。結婚式以来じゃないかな?」
こちらはこちらで世間話に花を咲かせだした。
平和なのは何よりだけど、ちょっと調子が狂う。それに、

「ルネ。クラウスさんと何話してたんだ?」
「……ノースの昔の失敗談」
「ああん!?」

聞き捨てならない言葉に乱暴に手をつく。するとちょうど隣の部屋からオリビエがひょこっと顔を出した。
「まぁ、もしかしてオリビエ様!?」
マオナはオリビエを見ると、ここに来て一番目を輝かせた。クラウスのことは完全に放置し、オリビエの元へ駆け寄る。
「最後にお会いした時は赤ちゃんだったのに、大きくなりましたね。ああ……私、これまで生きて本当に良かったです。ノーデンス様がご懐妊された時も泣いて喜びましたが……」
「ああ、ありがとう……マオナさん、ここは荒れてるから向こうに行きましょう」
なにかと気恥ずかしく、酒臭い部屋から脱出する風にして場所を移動した。オリビエはマオナにすぐ懐き、一緒に遊びだした。
そういえばマオナは仕事に打ち込んでるせいか、異性の影は見えない。それとも知らないだけで進展してたりするんだろうか。

全員の紅茶をいれて振る舞う。ルネはひとりでホットワインを作っていた。この期に及んでまだ飲もうという神経の太さは、やはり並々ならぬものを感じる。
「迎えに来たひとりは酔い潰れてベッドで寝てるし、ランスタッドに戻ったらまずオッドをシメる」
「可哀想だよ、やめなさい」
マオナの目に入らない位置で死を意味するジェスチャーをした。
「冗談だよ。それよりオリビエとお前が心配でさ」
心配事なんてそれだけで、それが全てだ。
本当は一緒に行くことができたら良い。けどこんな急な形で息子も連れて戻ることはできない。
「……さっきも言ったけど、私達は大丈夫だよ」
ルネはキッチンから離れ、ノーデンスの額にキスをした。
「本当はもっと触れたい。ああ、こんなことなら昨晩無理やりでも夜這いすれば良かった」
「アホ」
悪戯っぽく笑う彼に、可笑しくて吹き出す。互いの手を握り、熱を確かめ合った。
数ヶ月前なら有り得ないことをしてる。数年前なら、嬉しいけどとにかく緊張してたっけ。

今はひたすら愛おしい。この熱を手放したくない。そう強く願えば願うほど、目の前が霞んでいく。





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