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天の配剤

#8

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見てる方がヒヤヒヤする、怒りの振る舞い。こうなった時のノースは手がつけられないものだが、クラウスは口角を上げたままだ。
「熱弁ご苦労さん」
乾いた拍手と共に、虚栄を射抜く視線がノースに向けられる。
「いつの間にか説き伏せんのだけは上手くなったな。つまり王族に媚び諂うことも仕事の一環で、一族の発展につながると」
 王族という言葉が出た時、一瞬だけ視線がこちらに注がれた気がした。だが自分はずっと蚊帳の外だし、錯覚かもしれない。
「それがお為ごかしじゃないことを祈るばかりだ。この際だから言わせてもらうが、皆が自分と同じ理想を持ってると思わないことだ。繁栄どころかひっそり暮らしたい奴らだっている。武器作りに飽き飽きしてるのは俺だけじゃない」
「な…………」
ノースは今度こそ驚き、しかし動揺を隠そうとこちらに背を向けた。
「そ、……そんな事」
分かってます、と返し、乱暴に踵を鳴らす。
まだ何か言い返しそうな気がしたものの、大人しく扉の方へと向かった。

「すまないルネ。……帰国することを陛下達に伝えてくる」
「ノース……」

やっぱりこうなったか。
否定も肯定もできず、彼の背中を見送った。佇んだままのルネを見兼ね、クラウスは近くの椅子を示した。

「いや~良かった。出て行くぐらいだから、ノーデンスが嫌になって離婚するのかと思ったよ」
「……そういうわけではありません」

眉間を押さえながら答えると、彼は興味深そうに首を傾げた。ルネ自身は何とも思わないが、本当に遠慮のない物言いをしてくる。こんな風に接してくる人間はヴェルゼ一族の中で彼ぐらいだ。
挑発的な態度の裏には必ず何かしらの意図がある。特にクラウスは、面倒事を好んで起こすタイプには思えなかった。ノースとは頭が痛くなるやり取りをしていたが、彼はあくまで冷静に反論していたように思う。
その証拠に痛いところを突かれてしまった。
「ルネ王子。貴方はノーデンスに甘過ぎると思うがね」
油断してたのもそうだが、情けなさに思わず笑ってしまう。
「それは確かに……私にとってのノースはずっと変わらない。初めて会った時の少年のまま……時間が止まってるみたいに、弱くて優しい彼のことばかり思い出します」
でもノースは変わる努力をしている。
変わってないのは自分の方だ。いつまでも同じ角度から彼を見ている。甘やかしたいし、甘えてほしいと願っている。

「熱いのは結構だが、これからは子どもの心配をした方がいい。あいつになにかあれば、それこそ貴方しか子どもを守れないんだから」
「……」

それまで散々おどけていたのに、クラウスは笑みを消して天を仰いだ。
「俺があいつに言ったことは半分は嘘で、半分は本当だ。俺ら一介の職人がどう思ったところで、結局はあいつに決定権がある。だから色んな耐性もつけといてもらわないと」
脅しとは違い、これから起きることを諦めてるような落ち着きぶり。対してルネの不安は募っていく。
国同士のトラブルはもちろん、軍事的な問題で自分にできることは何もない。取り返しがつかなくなる前に、妻を繋ぎ止める命綱をしっかり握っておかなければいけない。
簡単に助けを求められない彼の代わりに、自分が動かないと。
「……クラウスさん」
ルネは息をつき、もう一度子ども部屋の扉を確認した。最低限の声量で会話ができるよう、クラウスと正対する。

「ノースのことでお話があります。どうか力を貸してください」











ネルヴァへの輸送経路は問題なく、一日弱で必要な物資を運べるらしい。今は怪我人の治療と、周辺の調査を優先している。
戦争に一度も参加したことのない小国。今回ランスタッドに要望してる大型兵器を届けても、すぐに扱える者は少ないだろう。

でも構わない。敵も、この厳戒態勢の中攻撃を再開したりしないはずだ。冷静に、順当に動こう。

そう思っているのに足が動かないのは何故なのか。
ノーデンスは城の中枢で息を殺した。
やるべきことは頭の中で無数に展開しているのに、体がそれを拒否している。

原因は明白だ。フランの件が未だ目の前に暗い幕を下ろしている。
ルネとオリビエを心配させないよう努めようとした矢先、緊急招集までかかって。……ここへ来る前はあれほど憂鬱だったのに、今はランスタッドに帰りたくないとすら思ってる。そんな自分が可笑しくて堪らなかった。

ふと思い直す。
一族の為と思って行動していたことは、実は間違いだったのではないかと。

武器のせいで不幸になったフランのような人達と天秤にかけたら、武器作りなんてやめた方が良いに決まっている。それでも貫いたのは同胞を守る為なのに、クラウスの言葉でさらに心が掻き乱された。

全て俺が自分の為にやってるみたいなことを言ってたな……。確かに王族と繋がりがあるおかげでやりやすい部分はあったが、そんなものに頼ったりしなかった。むしろ国外とのコネクションに注力して、王族の勢力圏から逃れようとした。一族の権力が確立すれば、皆制限だらけの今と違って自由な生活ができるからだ。

綺麗な服を着て、ただ言葉巧みにへらへらしてれば契約がとれるわけじゃない。汚いことも惨めなこともたくさんしてきた。俺が今までどれだけ苦労したか何も知らないくせに。くっそー……。

クラウスの言う通り全て仕事の一環で、代表に選ばれた俺の責務だ。でもこんなのあんまりだと思う。身内からも突き放されたら、俺は何の為に今まで頑張っていたのか。

…………そんなしようもない怒りと不安に蝕まれて、いっそ飛び降りてしまいたくなる。

「はぁ……」

こんな最低思考じゃ何もできない。
誰も気づかないうちに、髪の毛一本残さず消えてしまいたい。ランスタッドに行けば叶うだろうか。

……そうだ、あの地下に行けたら。

徐に口元を覆った時、後ろから大きな声で名前を呼ばれた。

「ああっ! ノーデンス様!?」
「え?」

振り返ると、視界に黒いドレスが揺れているのが見えた。暗めのグレーの長髪が目を引く、はっきりした顔立ちの女性が駆け寄ってくる。
彼女を認め、ノーデンスも慌てて向かった。
「マオナさん? ……あ、もしかして……クラウスさんと一緒に来たんですか」
「ええ。ご無沙汰してます、ノーデンス様。到着前にご連絡したかったんですが、困ったことにクラウスとはぐれてしまって……」
普段と違う格好のせいか、昔から知る彼女ではないようだ。元々美人だが、改めて向き合うと少し緊張する。

彼女はマオナ・ユース・ヴェルゼ。刀剣作りが得意な父親を持つ女性だ。普段は街の外れで宝飾品をつくっている。その技術は一族の中でも稀に見るもので、ランスタッドではちょっとした有名人だ。
最後に会ったのは三年前。あの時彼女は三十路に入ったとか言ってたから……いや、年齢はどうでもいい。
総括と言っても、基本歳上には敬意を払って接している。久しぶりの再会を喜び、次いで礼を言った。

「オッドがお願いしたそうですね。こんな遠くまで来ていただいてすみません。しかも同時にテロまで起こって……危険な目に遭わせてしまった」
「いいえ、私共は昨晩にはヨキートには入っていたんです。ただ遅かったので、ノーデンス様に会いに行くのは明朝にしようと、クラウスと話していたんです。そしたら、その……」
「何ですか?」
「……朝の市場で、あの馬鹿が酒盛りを始めまして。すぐやめるよう注意したんですが、私が支払いをしてる間にどこかにいなくなったんです」
「…………」

やっぱり、さっきの件を抜きにしてもあいつは最低かもしれない。





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