ある野望を話したら夫が子どもを連れて出ていった話

七賀ごふん

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天の配剤

#3

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ノーデンスが留守の間も、ランスタッドは特に変わりなく穏やかな時間が流れていた。
武器作りのヴェルゼ一族も同じく、急な仕事さえ入らなければ渡された指示書に従うだけの生活だったが……。

「オッド、ノーデンス様はいつ帰ってくるんだ?」
「ルネ様とヨキートに帰ってもう一ヶ月以上経つ。そろそろ鋼材に力を吹き込んでもらわないと。一度帰って来てもらうことはできないか?」

「あああ……そうですね。すぐに打ってみます」

工場の広場でオッドは端末を操作する。その様子を見ていた中年の職人が水を一気に飲み干した。
「電話はできないのか?」
「それが、ここ数日電話に出なくて……忙しいだけならいいんですけど」
「大丈夫じゃないか? 本当になにかあればヨキートから連絡が入るだろう」
彼が答えると、周りも迷いなく同意した。
「そうそう。第一、あの方より強い人間なんてそうはいないし」
「うん。護衛なんか必要ないな」
確かに世界的に見ても、ノーデンスに適う者は少ない。大砲や爆弾を持ってきても彼には通用しないだろう。作り方はもちろん、それらの壊し方を誰よりも熟知している。

とは言え、彼の唯一の弱点を上げるとしたら……それはメンタル面だ。
傍若無人で楽観的なくせに、時折とてつもなく心配性になる。不安げに祈るときのステータスは人並み以下と言ってもいい。
ルネと出逢う前の彼はそういう人だった。寡黙で、いつも自信がなさそうで……一族を統括する父の影に隠れていた。

それでも彼は自分含め、年下には優しかった。だから全体的に若い職人の方が彼を慕っている。
自分も一族の中では経験の浅い若輩だが、武器作りより経理や交渉が得意だった為代表の側近に選ばれた。

人は月日で変わる……。

ノーデンスの職人としての腕は天才的だったが集団を率いる力に欠けていた為、頭領の死後頭角を現したことに皆が驚いていた。
彼についていけば何とかなるような気がしているのは……漠然とした希望のようなものなんだろうか。
メッセージを打ち終え、端末をポケットに入れた。

「今日中に返信がなかったら、俺がヨキートへ出向きましょうか。どちらにせよノーデンス様ひとりに出国してもらうのは……色々、周りの目がありますし」
「それもそうだな。あと、旦那様の母国でフルボッコに合ってたら大変だ」
「黙ってやられる人じゃないだろー」

彼らはゲラゲラ笑っているが、段々本当に心配になってきた。明日は彼女との三回目のデートなのだが、このままじゃ無理そうだ。
「いや、待ちなオッド。よく考えたらお前以外に適任がいる」
「え?」
「クラウスだ」
口元が引き攣った。何故、よりによって彼が出てくるのだろう。
正直一番やっちゃいけない組み合わせだ。劇薬に劇薬を混ぜるのと同じ。

「あいつ最近なにかと理由つけて武器を作らないんだよ。しかもこの前は酔っ払って完成した銃を竈門に投げやがってさ」
「えっ?」
「だからあいつ、今年は一点も売り物がないんだよ。そんなただ飯食らいをここに置いとくより、他の雑用させた方がまだマシだろ」

確かに……いや、大問題だろう。ノーデンス様はそのことを知ってるのか?

クラウスはオッド達より十は歳上の職人だ。若い頃から才能を発揮し、彼の武器を見本に作っていた時期もある。
それがここ数年、勢いが落ちている。酒量が増えて問題行動が散見され、扱いに困っていたのは周知の事実だが。
「一点も作ってない、のは、やばいですね」
「やばいよ。でもおっかなくて、誰も何も言えないんだ。ノーデンス様なら言えるだろうが、俺たちゃ無理だ。クラウスの武技は下手したら国一だからな……」
「そ。一般人にはどうにもできない。だからこそ、今のクラウスをノーデンス様にちゃんと見ていただく必要がある」
そうは言っても、戦争になりかねない。
下手したら死人が出そうだ。

これからまた一波乱起きそうな予感がして、オッドのため息は止まらなかった。






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