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天の配剤

#1

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「いっっってええ…………」

小鳥が囀る喉かな朝、ノーデンスは腰を押さえながら床を這っていた。

昨夜も弾け過ぎたことを猛省してる。精神面ではルネのおかげで救われたが、彼の変態プレイにより新たな嫌悪と後悔も植え付けられてしまった。
玩具で盛り上がってるしょうもない姿を晒してしまったし、本当に頭が痛い。シャツ一枚羽織って壁に手をついていると、オリビエがパタパタと駆け寄ってきた。

「ママー! どうしたの、お腹痛いの?」
「あ~……おはよう。大丈夫だよ」

大丈夫と返したけど、腰が痛くてその場から起き上がれない。そんな自分の様子を心配そうに見つめる息子。
立ち上がるにはもう少し時間を稼がないと無理だ。死ぬ。
「オリビエ、もうちょっとこっちおいで」
手招きし、射程範囲に誘導する。何とか背中まで手を回せる位置に行き、そのまま抱き寄せてくすぐりを開始した。
「捕まえた。こちょこちょ~」
「あははははっ!」
上から覆い被さってくすぐると、予想通りオリビエは喜んだ。それが堪らなく可愛いのと、腰が痛いのとで微妙な気持ちに駆られる。耳に入る声は間違いなく楽しそうだけど、顔は多分笑ってない。
「はは……はぁ……オリビエは俺に似て敏感なんだな」
「びんかん?」
「うん。感じやすいってことだよ」
今の説明は何か変だな。
真面目に考えていると、隣の部屋からルネが顔を出した。
下を何も履かず息子を押し倒しているノーデンスに、やや困惑した様子で問いかける。

「おはようノース。一応訊くけど、オリビエに変なこと教えてない?」
「教えてない。それより昨日のせいで……まぁいいや、起こしてくれ」

腰が痛いと言ったらまたオリビエが心配する。何とか横へずれ、差し出された手をとった。
「これはこれは。昨夜は失礼しました、お姫様」
「そういうのはやめろ」
羽を拾うような軽快さで抱き起こされ、思わずムッとする。ルネもやり過ぎたと分かってるからか、オリビエにダイニングへ行くよう声を掛けた。

「塗り薬はいる?」
「それは……大丈夫」

妙に恥ずかしくて、顔が熱くなる。今さら恥じらうことじゃないのに、子どもがいると無駄に強がる自分がいる。
「ていうか、そう。昨日の不気味な道具は全部捨てろよ」
「えー、あんなに可愛い君が見られたのにもったいない」
「もったいなくない! 家宅捜索でもされた時に見つかったらどうすんだ、王族としてどうかと思うぞ」
「まず家宅捜索される時点でどうかと思うけど……分かった、悲しいけど捨て方を考えとくよ」
ルネは心底残念そうに朝食の準備を始めた。その横顔を見ると胸が痛むが、内容が内容なだけに彼が望む言葉は掛けられそうにない。

オリビエももう察しが良くなる歳だし……夜の事情は徹底的に管理しないとな。
基本的に、絶対バレない時間と場所、シチュエーションを選ぶ。俺は我慢できるけど、問題はルネだ。びっくりするほどムッツリだから……。

腰に刺激を与えないようゆっくり着替え、ダイニングへ向かう。オリビエはルネが作った野菜ジュースを飲んでいた。
「オリビエ、野菜ジュースが飲めるなんて偉いな」
「美味しいよ。ママも飲んで」
「ママは……緑色の野菜が食べられるから大丈夫」
お茶が入ったポットを取ると、ルネが苦笑いしながらサラダを置いた。
「ノースは赤系の野菜が苦手なんでしょ」
「バラすなって」
オリビエの手前、何でも食べられる風を装ってないといけない。いずれバレるだろうけど。
その点ルネは本当に何でも食べる。知り合ってから今まで、彼が嫌いな食べ物には出会ったことがない。

今の所何でもお利口なオリビエはやっぱりルネ似なのかもしれない。俺の子なら極端に引っ込み思案か、極端に暴れん坊か、どちらかだ。

焼きたてのパンに目玉焼きを乗せ、頬張るオリビエを隣で見つめる。気付けばルネも、その様子を嬉しそうに眺めていた。
子どもを間近で見守ることができる。当たり前のようで、実はとても恵まれたことだ。
「……」
やっぱりヨキートに来て良かった。問題は色々あるけど、二人とこんな時間を過ごせただけで本当に幸せだ。

許されるなら、こんな日常がずっと続いてほしい。
家族の未来を想像しながら、ノーデンスはそっと願った。




「げ、これは……」
朝食が終わって家の中を掃除していると、棚の中から子ども用の花火を見つけた。
ここに初めて来た時オリビエが俺を驚かそうと使ったものに違いない。だが四歳がひとりで使っていいものでもない。
「ルネ。こういうのは鍵付きの棚に入れといてくれ」
「おや。ごめんごめん、すっかり忘れてた」
ルネもうっかりしたと言って、残っていた花火は全て回収した。火はつかわず、付属の紐を引っ張った際の摩擦で弾けるタイプだ。とは言えやはり幼い子どもがひとりで使うには危険だ。

「昔これを使って外で遊んだことがあって……喜んでたから覚えてたんだろうね」
「ほー……」

それを母が帰還した時に使うのもよく分からないが、子どもが考えることは基本奇抜だ。考えるのはよそう。
「ところでルネ、今日の予定は?」
「あぁ、私は特にないよ。オリビエを連れてどこか行く?」
「ん……」
ゴミ袋の口を締め、少し俯いた。
「あのさ、相談があって。フランさんのところに謝りに行くのはマズイかな」
「ノース……」
ルネはわずかに目を見開き、傍へ寄ってきた。
「父親のこともそうだし、結果的に俺が来たせいで教室の時間もずらさなきゃいけなくなっただろ。……でもそんな俺がいきなり謝りに来たら、やっぱ迷惑かな。顔も見たくないと思って避けてるなら」
自分から会いに行くのは非常識極まりないことになる。
そしてここは自分の国ではない。後先考えずに行動していい場所じゃない。
「なにかやらかしたら、お前にダイレクトに迷惑かけちまう。だからお前の許可なく会いに行くことはできないと思って。……やめろって言うなら、もちろんそれに従うよ」
顔を上げてルネと目を合わせた。
彼は少し考えて、静かに頷いた。

「とりあえず、そこまで考えてくれてありがとう」
「お、おう」
「でもこれは前も言ったように、誰が悪いとかじゃない。ノースが謝りたいと思ったなら、謝りに行っても良いんじゃないかな」

ルネはリラックスした様子で、優しく笑った。
正直反対されると思った。フランの精神状態のこともあるし、彼の家族が出てくる可能性もあるし。
もちろん、彼のことだからそれも考慮してるはずだ。
それでも自分の不安を肯定してくれることに感謝した。

「ルネ。ありがとう」







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