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日暮れと出国
#5
しおりを挟むオリビエの問いに答えたのはルネだった。
それだけで充分だったのに、俺にも答えをくれた。
「皆で? やったぁ!」
オリビエは嬉しそうに両手を広げた。反射的に空いてる方の手で彼の頭を撫で、ルネの顔を確認する。
「ルネ……あの」
「ノース。どこで暮らすのかは三人で決めればいい。だから君一人で抱え込まないで」
胸のあたりに熱いものが込み上げてきて、慌てて二人から見えないように顔を逸らした。
本当に敵わない。
簡単に話せない悩みや不安を簡単に見透かされる。ルネには救われてばかりだ。
「……そうだな」
オリビエの柔らかい髪を撫でながら、ルネの肩に顔を沈める。
「皆で決めよう。オリビエも一緒に考えてくれる?」
「うん!」
この笑顔に救われてる。喜びを噛み締めながら、ルネにも御礼を言った。
「よし。じゃあ再スタートだ」
彼は俺達を抱き寄せたまま、子守唄のように優しく言葉を紡ぐ。
「私はランスタッドにいた時と同じで、結局どこに行っても楽しめると思うんだ。だからノースとオリビエの気持ちを尊重するよ」
「そんちょう?」
オリビエがすかさず反応した。「大事にするってことだよ」と代わりに答えると、ふうんと頷いた。上手く伝えられたか分からないが、それ以上聞こうとはしてこない。
「俺は……やっぱり二人といたい。仕事も大事だけど」
失いたくないものは片時も手放してはいけない。再会するまで押し殺していたけど、今ならはっきり言える。
「三人で暮らす為ならどんな努力もする。だからまた一緒に……家族の一員としてやり直させてくれ」
結果的にオリビエには分かりづらい言葉になってしまった。けど微笑むルネを見て、彼も同じように笑っていた。
「えーっと。ママはオリビエと一緒にいたいから頑張る!って言ってるよ」
くそ、何か恥ずかしい。眉間を押さえて俯くと、オリビエは立ち上がって全身で気持ちを表現した。
「僕も! ママに見てほしいものいっぱいあるんだ。友達もできたから、ママと会ってほしい。面白いオモチャもいっぱいあるから、毎日ママと遊びたい」
「はは、そうか」
オリビエのお願いを聞く度に心が満たされる。というか、幸せを実感する。
何で俺の子がこんな真っ直ぐに育ってくれたのか不思議でならないけど、それはやっぱりルネのおかげかな。
考えなくてはいけないことが山積みだけど、それは一つずつ、二人と相談して解決しよう。
ノーデンスは自ら戒めていた重い鎖を外した。
「オリビエは野菜全部食べられて偉いな」
「うん! 美味しいよ」
夕食を終え、食器を洗いながらゆったりした時間を過ごす。ルネはオリビエの新しい洋服を仕立てていた。
「そうそう、先生からもよく褒められるんだ。明日はピアノのお稽古の日だから、ノースも一緒に行ってくれる?」
「あぁ。……お稽古!?」
これまでにないワードを聞き、声が裏返ってしまった。水を止め、手を拭きながら彼らのいる共用スペースに振り返る。
「それ週に何回やってんだ?」
「えーと、週に四回。他に護身術として週に三回体術を、あと絵画教室は週二、週一でスピーチコンテストに出てる。各専門の先生がここに来るから学校や塾は行ってないよ」
「いや、だとしても多すぎないか。お前がいない間誰が付き添ってたんだよ」
「私の母か、お付きのお世話係だよ。やっぱり習い事多いのかな……私の時の半分以下なんだけど」
ルネは困り顔で首を傾げている。確かに王族の彼からすれば、何が普通か分からなくても仕方ない。
「これから環境が変わるかもしれないし、もう少し減らしてもよくないか? 費用だって、きっとお義母さん達が出してるんだろ?」
というか、国のお金で。
「うん。習い事を決めたのも母達だ。いずれどんな道に進むか分からないから教養をつけたいんだろうね」
それは分かる。
当の片親(嫁)とは別居していたし、ルネが引き取る形になればオリビエも王室で過ごすことになる。公務に関わるようになれば知性と品性は必ず身につけないといけない。でも。
「俺は別に英才教育はしなくていいと思う。……三人で暮らすならな」
それらがオリビエの為になることは間違いない。本当にやりたいことなら応援するし、全力で協力する。
でもせっかくだし、本人の意見を訊いてみたい。
ルネも「ふむ」と考えた後、オリビエに優しく尋ねた。
「オリビエ。今勉強してること、みんな楽しい? 嫌なこととかない?」
「楽しいよ?」
体を採寸されながら、オリビエは手をばたばた振った。
「先生優しいし」
「そっ、か。それならいいか」
腕を組み、立ったまま息をつく。
本人が楽しんでるならやめる理由もない。これ以上義父母達に迷惑はかけられないから、すぐにこれまでのお金を返そう。
って言っても相当かかったんだろうな……。大体の予想がつかなくてゾッとする。
「……でも確かに、これからは家族の時間をつくりたいね。逆に学校を探して、習い事を減らすのもありかも。オリビエ、学校はどうかな? いつも友達といるのはちょっとだけど、学校なら長い時間お喋りできるし、終わった後遊べるよ」
「そうなの?」
おろしたての生地に袖を通し、オリビエが目を丸くする。
「うん。学校は色んなことを教えてくれるんだ。今までみたいにひとつの事に集中するわけじゃなくて、時間を分けてたくさんの授業をする場所だよ」
「へえー!」
口で説明しただけでは想像しにくいだろう。でも彼は好奇心旺盛で、学校に興味津々だった。
「面白そう、行ってみたい! ……あ、でもお絵描き教室はやめたくない」
「もちろん、オリビエが好きなことは続けていいんだよ。まだ決まったわけじゃないし。……そのうちゆっくり探そうね」
ルネはやはり、子どもの扱いが上手いな。
オリビエが聞き分けがいいから俺も苦労しないけど、もし違ったらかなり心にきたかも。
整理を再開し、ルネがオリビエを寝かしつけてる間に少し調べ物をした。
翌日、すぐに陛下達にオリビエの教育費について話をしに行った。この一年の費用を全て返すことを伝えたけど、それは頑として受け入れてもらえなかった。代わりに、これからは肩代わりはしないという話になった。今の習い事を増やすも減らすも俺達夫婦に任せると。
深く御礼を言い、王室を後にした。
「はぁ……申し訳ないけど死ぬほど助かった。多分払えるとは思うけどさ……」
端末で貯金額を確認するノーデンスに、ルネは可笑しそうに笑った。
「習い事は母上が始めたことだよ。それを君に払わせようなんて絶対しない」
「うう……でもさぁ……」
ルネは実子だからいいが、自分が留守の間息子に良くしてもらっていたと思うといたたまれない。この恩は死ぬまでに必ず返さなければ。
城の中心部にある、吹き抜けの橋へ出る。ヨキートの街全体を見渡せる絶景スポットだ。
「さて。習い事は今日はいかないと。これからオリビエのピアノを見て、次は絵画教室に行こう。忙しいから頑張ってね、ママ」
「うは……」
限りなく俺とは違う世界にげんなりしたけど、大事な一人息子の為にやりきろう。
襟元を直し、ルネに差し出された手をとった。
俺は物心ついた時から真っ暗な鉱山で探鉱して、鉄を打って、父から武器作りを教わっていた。
それ以外の素養は皆無で、武器以外は何もつくれない。いや、作らなくていいと言われてきた。むしろ他に興味を持ってはいけない。街の子ども達が遊んでいても、俺がその中に入ることは許されなかった。
正直羨ましかった。でも数回だけ、街で遊んでくれる男の子がいたな。あの子は今立派な青年になってるだろうか……。
「うん。前回より精度が上がってる」
ピアノも絵も、オリビエは期待以上の成果を上げていた。それが誇らしく、同時に気圧されてしまう。頭もよくコミュニケーション力もあるなんて。
「俺の子にしては多才過ぎる。まさか……」
「いや君の子だよ」
教室の隅でルネに耳打ちする。彼は苦笑しながら肩に触れてきた。
「最近の子って皆飲み込みが早いんじゃないかな。他のお稽古の時も、皆すごい才能ある子ばかりで驚いたよ」
「それって一般人じゃなくて、貴族や良家の子どもだろ? 英才教育してるんだよ」
でなければ、そんな一度に多くの人習い事などできない。近代的なヨキートも教育についてはランスタッドと変わりなく、学校や塾諸々にかかる費用は高額だ。一部の裕福な家の子達だけが多くを学べる。
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