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少年の善行

#6

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「そうなんですか?」
「うん。でも私から話を切り出すとまた口論になりそうだから、時機を見極める必要があるんだ。暗い話してごめんね」
サラダに使う葉物を洗い、切り分ける。レノアは隣に並びながら首を振った。
「いいえ、僕は全然……むしろここまでお世話になったのに、何もお役に立てず申し訳ないです。ルネさんさえ良ければ、もう少し聞かせてもらえませんか?」
レノアも手を洗い、夕飯の手伝いに取り掛かる。
初めて会った時は引っ込み思案な子に見えたけど、芯は強いようだ。それも昔の自分に似ていて面映ゆい。
昔は誰かと衝突することが苦手で、何でも拒まず承諾していた。変わったのは、ノースと出逢ったからだ。嫌なことは我慢するけど、やりたいことはきちんと発言するようになった。

色々思い出して懐かしくなったけど、レノアが話の続きを待っていることに気付き、我に返る。
「ええと……どこから話したらいいかな、ちょっと待ってね」
鍋の水を沸かし、パスタの茹で加減を見ながら壁に凭れる。
「ノースはここ数年でちょっと変わったんだ。それで一度、私は息子を連れて母国に帰ってる」
「ふええ……! け、喧嘩されたんですか?」
「ううん、私が一方的に出て行ったんだよ。最低だろう?」
レノアは優しいので、迷った末に首を横に振った。
「なにか事情があったんですよね?」
リビングで寛ぎだしたノーデンスを一瞥し、小さなため息をついた。

さすがに他国の子に、王族の暗殺を企んでる件は言えない……。

もし何かの弾みで外部に漏れたら自分含め、ノースは反逆者として捕らえられてしまう。
「ええと……か、かなり攻撃的になってね。言葉遣いも良くないから、息子に悪影響が出るかと思って」
心配してくれる彼に嘘をつかなければならないとは……本当に頭が痛い。
実際あの頃は家の中でも王族への恨み辛みを朝から晩までもらすものだから、息子の耳を塞ぐことに必死だった。多忙で家を空けることも多く、たまに顔を合わせば衝突ばかり。溌剌とした息子が次第に大人しくなっていくことに気付いた時、強い焦燥に駆られた。

しかし今自分が話したことだけではスケールが小さ過ぎて、そんな理由で出て行ったのかと叱られそう……だけど、レノアは大真面目な顔でうんうんと頷いている。良い子だ……。
「でも、ルネさんは戻られたんですよね」
「いや……。この国の大事な式典があって、お呼ばれされたからさ。国外のことだと断るわけにいかなくて。ノースと会うつもりもなかったんだけど」
偶然姿を見つけたとき、弱った様子の彼を見たら居ても立ってもいられなかった。
彼がピンピンしているならまだ良かった。でも悪態をつきながらも様子がおかしく、度々体調を崩していることを知ったら放っておけない。
結果自分だけ戻ってきてしまったけれど……。

「今のノースも、もちろん優しいところはある。根本的な部分は変わってないと思う。けど“あること”になると抑制できなくなるんだ。周りが見えなくなるほどの怒りと憎しみに支配される。私や息子のことすら忘れるほどに」

以前のノースは息子のことで頭がいっぱいで、自分のことは後回しで彼を可愛がっていた。ところがある時を境に、それがぱったりなくなったのだ。
「息子のことを今も愛してると思うよ。でも一番の関心ではないみたいだ。……それを否定したいとかではなくて、ノースの中で何が一番を占めてるのか知りたい。王族へ対する感情も子どもの頃から知っていたけど、何で今頃爆発したのか。……あまりに突然のことだったから、何かが起因したとしか思えないんだ」
思いの外話しが長くなってしまった。パスタは良い塩梅に茹で上がったので、オイルと野菜をあえて皿に盛り付ける。レノアが用意してくれたサラダと、チキンのスープをテーブルに乗せ完成だ。

「そして時々夜中に一人で出掛けてることに気付いたんだ。……もしかしたら、その行き先があの廃屋だったんじゃないかと思ってね」
「あぁ!」

グラスを並べていた手を止めて、レノアは顔を上げた。
「その廃屋にいる何か、がノーデンスさんを呼び寄せてると」
「あくまで憶測だけど……あの一帯は特別区域だから、一般人は入れないんだ。入れるのは工場の作業員と、ノースぐらい。少し離れたところには彼ら一族の住宅があるしね」
武器造りのヴェルゼ一族は国民とは距離を置いて暮らしている。単純に街中より工場に近い方が便利だからなんだろうけど、……やはり心のどこかでは警戒しているのかもしれない。
いつの時代も弱者は強者に搾取される。これだけ平和な世界でもそう感じるんだから、数十年前はもっと酷かったのだろう。

「私から話せるのはそれぐらいかな。ありがとう、レノア君。私の方がちょっとスッキリしたよ」
「いえいえ、そんな……! こちらこそ、話してくださってありがとうございます」

わたわたと手を振り、レノアは笑った。
「僕がお役に立てることはひとつもないですけど。僕にとってはルネさんもノーデンスさんもとても優しいので。……これから何があっても、大丈夫だと思います」
そう言って笑う、彼が一番優しいと思う。短い御礼を告げ、ルネは頭を下げた。
その後は拗ねたノースのご機嫌を直す為に手料理を振る舞い、宴会のような盛り上がりだった。レノアが明日には母国へ帰ってしまう為、実際送別会のようなもの。ほのぼのとした彼に癒され、朝はあっという間にやってきた。


「ふあぁ……ねむい……」
「あ、おはようございます。起こしてすみません」


レノアが出発の準備をしていると、ノースは半分目を閉じた状態で二階から降りてきた。ルネはレノアと同じ時間に目覚めており、すぐに出られる状態である。
「ノース、私はレノア君を港まで送っていくよ」
「おぉ……あ、待った……俺も行く」
ノースはふらふらしながら洗面所へ向かい、身支度を始めた。

「え~っと……」
今日は仕事じゃないし、潮風がすごそうだからコートでいいか。
もはや考えるのが面倒だからという理由が多分にあったが、クリーニングしたての白のコートを羽織る。目が開いてないことを隠す為に眼鏡も掛けたが、ふとあることが頭を過ぎり、慌ててルネの書斎へ向かった。
部屋の机には、自分が置いた紙袋。開封した様子はない。
「ふぅ……」
どうやらルネはこれの存在に気付いてないようだ。まぁレノアが来てからバダバタしていたし、書斎でゆっくり過ごす時間はなかったはずだ。
でも結局手渡しすることになるなら、忘れないようリビングに置いておけば良かった。とか思ったり。
最低限の身支度を済まし、レノアとルネが待つ玄関へ向かう。
「あ、早かったね。じゃあ行こうか……わっ!」
まだ話してる最中のルネの首に、袋から出したばかりのストールを巻き付けた。
「あれ、これ初めて見るけど……ノースの?」
「違う。やるよ」
「いいの? ありがとう~! あれ、私は別に誕生日じゃないけど……」
「知ってるよ! 別にいいだろ!」
これだから嫌だ。数日経ってしまったら、黙って出かけてしまったお詫びにならない。特に理由のないプレゼントということにしないと。
「まぁまぁ……ルネさん、とても素敵ですよ!」
照れながら怒ってるノースに気付いたレノアが咄嗟にフォローに入る。彼は本当に気遣いができる……が、段々コントのようになっていて、内心おかしかった。

「おら、レノアもこう言ってるんだからもういいだろ。行くぞ」
「いや、私は喜んでるだけだけど……まぁいいや。大切にするね。ありがとう、ノース」

ルネの微笑みは、時々かなりの破壊力がある。寝起きにはちょっときつかった。

「別に……安く……は全然ないけど、お前に似合いそうだったから」
「え? 何?」
「何でもない!」

ルネが聞き返した為に、ノーデンスは真っ赤になって外へ出て行った。予想通りの反応に、ルネとレノアだけが声を殺して笑った。



◇◇◇



レノアが乗る船は一時間後に出航する。朝早くから港は人で溢れ、以前と変わらない賑やかさだった。
「レノア君、これウチで作ったジャム持ってって。しばらく保存がきくから」
「わぁ、ありがとうございます!」
ランスタッドから南の国へ戻るのは一苦労だ。無事に向こうに着いたら手紙を送ると言い、レノアは船に乗り込んだ。
「お二人に会えて、すごく嬉しかったです。……あ、そうだ」
大勢が船に乗っていく中、レノアは人混みを掻き分けて再び戻ってきた。
「何も御礼になるものがないんですけど……これ、良ければもらってください」
レノアが差し出したのは、二枚の船のチケットだった。あまり聞き慣れない島の名前が書かれている。

「僕の国の近くにあるナテル島へのチケットです」
「大事なものじゃないのか?」
「仕事で行こうと思ってたんですけど、僕はいつでも行けますから。リゾート地なので、お二人の息抜きに良いと思うんです。海も綺麗だし、独特な工芸品が料理がたくさんありますよ」
「工芸品!」

レノアの言葉に飛びついたのはルネだった。質素な暮らしができる彼だが、珍しいものは好きらしい。
「本当にいいの?」
「えぇ、是非使ってください」
有効期限をその場で確認して、レノアは一年は使えると胸をなでおろした。
「では……! 本当にありがとうございました。また仕事で来るかもしれないので、その時もご連絡します」
「ありがとう、待ってるよ」
「気をつけてな」
時間が経つのは本当に早い。港に海鳥と、甲高い汽笛の音が鳴り響く。
甲板に出たレノアに手を振り、船を見送った。船の姿が小さくなった頃には、外はすっかり暑くなっていた。

「レノア君が無事にお家に帰れますように……」
「祈ったって仕方ないだろ。それより経過報告だ、帰ったら連絡ツールを買うように言っておいた」
「買うのはいいけど、今持ってないから心配なんだよ……」

風が吹くと、首にかけたストールが靡く。レノアから受け取ったチケットを大事に財布に入れ、商店が並ぶ方へ歩いた。
「良い子だったね」
「あぁ。……何だ、寂しいのか?」
「うん」
そこは素直に答えると、彼は呆れながらため息をついた。
相変わらずクールだなぁ……と思ってると、彼は眼鏡を外し、それをルネの耳に掛けた。度が強過ぎてくらくらしそうになるけど、声だけははっきり聞き取れた。

「……今は俺がいるだろ」

怒ってるのか、照れてるのか……ストールを貰った時と同じ声音で、ノースは先を歩いた。
彼の背中も朝よりは寂しそうに見えるけど、それでも自分が思ってるよりは逞しい。

「そうだね」

レノアの言う通り、大体のことは何とかなる。
逃げられない問題が山ほどあるけど、ひとつずつ取り掛かっていこう。私はまだまだ大丈夫だし、……昔と違うことも幾つか気付いてる。

ノースは不憫なほど不器用で意地っ張りだ。でも今日も確かに、彼の優しさを感じている。






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