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少年の善行

#4

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「あ……! 今稼働してる鉱山の中で一番大きいと聞いたことがあります。僕のような部外者が見学してもいいんですか?」
「あぁ。当面、鉱山は俺が管理してるから」
「ありがとうございます! ノーデンスさんって本当にすごい人なんですね!」
自分がすごいのではなく、跡取りみたいなものなのだが。レノアの純粋さにこそばゆいものを感じながら、ルネに目配せする。「明日彼を案内してくれ」と口パクで伝えると、ルネは小さく頷いた。

翌朝、ルネはレノアを連れて街と反対側に向かった。
鉱山のリーダーには話を通してるから大丈夫だろう。ノースもぐっと背伸びをし、身支度をする為鏡の前に立った。

外は寒そうだ。首周りになにか巻こうか。
今日のスーツに合いそうなものを選ぼうとクローゼットを開けたところで、「あっ!」と大きな声が出た。
「やべ……ルネにプレゼント渡してない」
昨日港に行った時に買ったストールが、まだ荷物と一緒に端に置かれていた。レノアの一件があってすっかり存在を忘れていたけど、帰って来てから渡すんでいいか……いや、それだとまた忘れそうな気がする。
こそっとルネの部屋(と言っても簡単な書斎)に入り、机の上に紙袋ごと置くことにした。
これで嫌でも気付くだろ。ひとり満足し、別のストールを巻いて家を出た。


今日は久しぶりにオッドに会って、取引先数件と商談をして終わりだ。
全部終わったら鉱山にも寄るか。その頃にはルネ達は帰ってるかもしれないけど……。

仕事が始まるとやはり息つく暇もなく、自分の足で動き回る為昼過ぎにはもうクタクタだった。こんな時ぐらいは車……いや、馬でもいい。久しぶりに城に預けてる愛馬に乗りたい。とにかく徒歩は間違いだった。
「ノーデンス様、お疲れ様です! こちら、今月の請求書です」
「ああ……ありがとう」
政府に提出する重要書類も纏め、出先の建物でオッドと小休止した。これから売上計算と、鉱山と工場で働く職人達の給与計算をする。

「いや~、街の様子を見ても、すっかり落ち着きを取り戻した感じですね」
「そうだな」
「未だ通商も制限してますし、そろそろ国交が回復しませんかねぇ。これじゃあノーデンス様の世界征服の夢が中々叶いませよ」
「全くだ……って、お前そういうことを他で喋ってたりしないよな?」
「えっ? え、ええ! モチロン!」

露骨に狼狽えだしたオッドに疑いの眼差しを向け、静かにため息をついた。
「あれ……ノーデンス様、本当に元気がありませんね」
「当然だろ。城で陛下の様子が見られないんだ」 
「ノーデンス様は陛下のことが大切で仕方ないんですねえ」
逆だ。始末する隙を狙ってるんだよ。
心の中で突っ込み、ざっと目を通した書類を鞄に仕舞う。
「あれからテロリストは沈黙してるが、諸外国の中には内乱が起きてるところもあるみたいだな」
「あぁ、南方の国でいくつか……予想ですけど、もしかしたら武器を求められるかもしれませんよ」
「そうなれば売る。敵対してる国双方から希望があったとしても、中立的に。それがうちの方針だ」
オッドが買ってきてくれた珈琲を飲み干し、紙コップをゴミ箱に投げ入れた。
「ちなみにノーデンス様、ルネ様とはどうですか?」
「ちなみにってお前、それこの前から百回ぐらい訊いてないか」
「気になるじゃないですかぁ。この前の問題も無事解決したみたいだし。俺も早く家庭持ちたいので、色々アドバイスしていただきたいんです」
どうやら最近、オッドは付き合いだした女性がいるらしい。根明というよりただのお調子者のオッドがどんなエスコートをしてるのか気になるが、あまり踏み込まないようにしている。

「じゃあ一つだけアドバイス。タイミングを見誤ると後が大変だ。だから早まるなよ」
「でも早くプロポーズしないと、俺より良い男に誘惑されちゃうかもしれません!」
色々つっこみたかったけど、そこは経験者として優しく制した。
「冷静に考えろ、オッド。結婚っていうのは生涯連れ添うんだぞ? 相手の人生、相手の家族全部背負って、なにかあったら責任をとらなきゃいけないんだ。それができるぐらい相手を愛してるのか、一回自分に問いかけてみろ」
「ははあ……!ノーデンス様の口から愛してる、って言葉が出るなんて何だか……」
「何だ?」
「何でもございません」
オッドは深く頭を下げた。

「でもノーデンス様、そろそろ本当に、その……息子さんに会いたいんじゃないですか」

「………………」

その問いには答えず、近くのテラスに向かった。
「ノーデンス様?」
心配したオッドが後ろからついてくる。しかしそこはもうグレーゾーンではなく、完全なレッドゾーンだった。
「あ、差し出がましいことを言って申し訳ありません! いや、その俺は野次馬とかではなく、もし俺にできることがあれば何でも言ってほしいという気持ちで……! んっんん、ごほん! ごほっ!」
遅すぎる咳払い、というより完全に噎せ出したオッドを置いて鞄を持った。
「鉱山に行ってくる。お前は直帰でいいぞ」
「ごふっ……し、承知しました! お気をつけて!」
ため息を飲み込みながら路面を走るバスを拾い、郊外へ目指した。

レノアの特殊能力のことは、国王陛下であってもルネ以外に話すつもりはない。平和な国とはいえ、あの稀有な力が知れ渡ればここでも彼を狙う連中が出てくるからだ。
しかもルネのように名の知れた王子でなく遠い国の少年だなんて、攫うには絶好の存在。……だから彼が国を出るまでは極力見守ってやらないと。
俺もそのつもりだったのに、同じ意見のルネとはやたら対立してしまう。

要するにオッドに言いたかったのは、後悔するな、ということ。

胸ポケットから掌におさまるほどの写真ケースを取り出し、ゆっくり開く。写真に映る子どもと、窓の外に流れる景色を交互に眺めた。




◇◇



「わあぁ……! すごく深くて広い!」
数時間前。ルネはレノアと鉱山の入口に来ていた。初めて見る巨大な鉱山にレノアは感動し、持っていたカメラで写真を撮った。声はしばらく反響し、奥へ吸い込まれていく。手前以降は暗闇に包まれているが、中の広さを暗示していた。
「ここはたくさんある中で一番入りやすい金属鉱山だよ。もっと奥へ行けば未開拓、未採掘の鉱山がそれこそ山ほどある。この資源のおかげでランスタッドは世界に誇る武器大国になれたんだ。……まぁいつかは資源を掘り尽くして回収できなくなるだろうけど」
「そしたらどうなるんですか?」
「衰退かな。ノースのように鉱産物に特別な力を吹き込むことができる人が現れればいいけど……現れなければ資源を輸入する側に回って、他国と大きな差はなくなる。とは言え武器作りの歴史は長いから、遅れをとるようなことはないと思う。軍用兵器ばかり需要があるわけじゃないから」
手前までなら何の装備もなく中を探索できる。
工場で借りたライトを片手に、レノアの手をとる。彼の足元に注意しながら、深い深い奥へ向かった。






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