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王子と武器師

#6

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ルネとぶつかったあの夜から、関係はぎくしゃくしていた。

そうさせたのは間違いなく自分だけど、あの程度の衝突なら今まで腐るほどしている。今さら気まずくなることなんてないと思うが……。

「すみません、はっきり言わせていただきます。確実に、ノーデンス様が、悪い」

久々に城から招集がかかり、武器の輸出に関する会議に参加した。テロ事件以来ランスタッドは一時的に入国規制をしており、他国との取引は大幅に減少した。規制が緩和されるのは時間の問題だと思うが、現状はノーデンスの仕事も少なくなっている。
しかし売れなくても、武器を造ることはできる。むしろ今こそ製造に力を入れて、いざという時の為に備えよう。そう思い工場へ直行し、職人達と生産量の話し合いをした。そこまでは良かったのだが、久しぶりに顔を合わせたオッドはノーデンスを諌めた。

「やっとまた二人で暮らせるようになったのに! 毎日そんなトゲトゲして、本当にルネ様に愛想を尽かされても知りませんよ?」

仕事中の職人達の前でプライベートな話をするわけにもいかず、工場外の裏路地に入る。ノーデンスは煙草を取り出したが、瞬時に取り上げられてしまった。
「あのな、別に喧嘩したわけじゃないぞ。ただちょっと、前よりあいつの反応が薄いかな~……ってぐらいだ。前は夜必ず絡んできたのに、今は俺より先に寝る、とか。会話が続かないとか、それぐらいだよ」
「会話が続かない! 貴方達、出会って何年目ですか?」
「さぁ。十年以上」
「ありがとうございます。その原因は貴方です」
オッドは目の下にクマを浮かべ、頭を抱えた。こいつも寝てないんじゃないだろうか。ルネじゃないけど、後で体調管理の大切さについて説いてやろう。

「私見ですけど、ルネ様はお優しいですよ。そして寛大です。ノーデンス様が何を言っても何をしても、これまでは許してきたんだと思います」
「そんなことない。夜逃げしただろ」
「まぁそれはちょっと置いといて……いやそれもひっくるめて、ノーデンス様の横暴に耐えかねたから、だとしたら?」
オッドは目を眇め、人差し指を宙に突き立てる。
「今回は怒ってるというより、傷心されているんじゃないでしょうか。貴方に拒絶されて、今まで抑え込んでいたものが弾けた……とか」
「今さらぁ?」
「だから、今さらじゃない! 今、まで、耐えてたんですよ!」
普段と違う、鬼気迫る彼の様子に思わず口を噤んだ。
なるほど……積もり積もって、というのは分かる。畢竟、堪忍袋の緒が切れたということ。でもルネが帰って来てから、自分もそれなりに振り回されている。

「俺も振り回されてる、なんて思ってるならルネ様との関係はもっと拗れていきますよ」

こいつはこいつで俺の心を読みやがって……。

こういう時のオッドの勘の良さ、洞察力は目を見張るものがある。それをもっと仕事でも活かしてほしい。
「そもそもノーデンス様は、そんな夜中にどこへ行こうとしてたんです」
「……散歩!」
「はぁ……とにかく今回は、伝え方が悪かったんですよ。もっと穏やかに、優しく伝えればいいんです。思い出してください、昔のノーデンス様は穏当で物静かで、とても優しかったですよ。あっいや、今が優しくないとかではなくて……」
オッドは慌てて口を手で覆うと、なにかもごもご言いながら工場の中へ戻っていった。


……昔のことがあまり思い出せない。
その時々の出来事はひとかたまりとなって記憶にあるけど、誰とどう接していたか、自分がどんなことを言ったのか、……言われたのか。人との関わり合いの記憶だけ、ぽっかり抜け落ちてしまっている。
オッドはああ言っていたけど、昔の自分が優しかったわけじゃない。多分、弱かったのだ。
優しさと弱さは違う。嫌なことや腹立つことがあってもそれを口に出すことができなかった。内気で引っ込み思案だったから、あるとき爆発した。

ルネも俺と同じなのか……それならますます納得がいく。

俺も彼に対して否定的で、かなり冷たく対応していた。
かろうじて繋がっていた最後の糸を切ってしまった可能性は大いにある。
帰ったら、いつもより優しく接しよう。難しいことじゃないはずだ。

しかし優しく、というのは具体的にどうしたら良いのか。まずは言葉遣いを直すか、それより語調を和らげるべきか。家事全般引き受ける……というのはちょっと見え透いたご機嫌とりだろうか。
頭を抱えながら仕事へ戻った。最近は全く手をつけられなかった、鋼材の増強に取り掛かる。自分の背丈の二倍はある鋼材の山をいくつも回り、使えそうなものに力を注ぎ込む。職人達に渡せる量ができた頃にはすっかり日が落ち、工場は闇に包まれていた。
「ノーデンス様、まだ残るんですか?」
「いえ、もう帰りますよ。施錠は私がやるので、先に上がってください」
「ありがとうございます、お言葉に甘えて……お疲れ様でした!」
最後に残っていた職人が頭を下げ、家族が待つ家に帰って行った。
全ての機械が停止し、音のない工場。明日にはまた息をするけど、今は死んでしまったようだ。

小さな鉱石を拾い、電球の下に翳す。武器には使えない石ころだが、光沢のある部分が時折褐色に光る。
動かしてみると美しさが分かる。角度を変えなければ気付けない。石も人と同じだ。

「帰るか……」

石を握り締めたまま、工場の入り口へと向かう。その途端目眩がして、一旦足を止めた。そのまま歩き続けたら倒れそうなほど強烈な目眩だった。
おかしいな。いつもより気合い入れ過ぎたか?
近くに手をつける場所がない為、その場に膝をついた。
早く帰りたい時に限ってこんな……加減を間違えたから自業自得か。
オッドに言われたことが頭の中で反芻する。もし本当にルネが自分を見限ったなら、今は家にもいないかもしれない。また自分の前からいなくなるかも。

どれだけ捜しても、どれだけ呼んでも。

それは……やっぱり、色んな意味で嫌だな。

苦笑してその場に倒れる。起き上がる気力もなく、視界だけが回っていた。
ルネが怒って、自分から離れていったとしても……せめて謝りたい。恥ずかしいけど、いつもごめん、って。

子どもの時なら言えたこと、毎日言っていたこと。何度も心の中で練習して、目の前が真っ暗になった。






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