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王子と武器師
#5
しおりを挟む毎日生気を吸い取られている。
四時間後、夜が深まり出した時刻。覚醒したノーデンスは顔を洗い、調理中の夫の隣に並んだ。
キッチンのコンロには大きな鍋が置いてあり、ルネの自慢の煮込み料理が良い匂いを漂わせている。早く起きて夕食の支度をしてくれていたようだ。
時間としては夕食というより夜食で、腹は空腹による悲鳴を上げていた。
「よく眠れたっ?」
こちらの倦怠感などつゆ知らず、ルネは邪気のない顔で笑った。思わず「ふっ」と笑ってしまったが、それは癒されたからではなく、怒りと呆れが綯い交ぜになって出たものだった。
「腰が痛くてしょうがない。座るのも一苦労だし、座ったら座ったで今度は立つのがしんどい」
「いいよ、座って待ってて。私が全部用意するから」
彼はご機嫌でシチュー用の皿やバケットを食卓に並べた。
本当に皮肉が通用しない男だ……。
もちろん知っているが、ここまでくると畏敬の念すら芽生える。小さなため息をついて席に座った。
「以前はお城に住まわせてもらってたし、食事も料理人に作ってもらってたから楽だったけど。自分で作るメリットで、その時食べたいものを好きな味付けで食べられることだよね」
ほかほかと湯気を立てるシチューが目の前に置かれる。木のスプーンを二本用意し、ひとつをルネに手渡した。
「酷い失敗をしても自分で選んで、考える。私はそういう生活に憧れていたから、今はとても楽しいな。もちろんオリビエが傍にいないのは悲しいけど」
「はいはい。……いただきます」
俺だって……という言葉を飲み込んで、牛のワイン煮をかき込んだ。火傷しないぎりぎりの熱さで助かった。
美味い、というたった一言を絞り出すのに酷い労力がいる。これはどういうことだろう。
考えても分からないことはぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に捨てる。今までずっとしてきたことだ。
静謐━━━━。ルネが寝室に入ったことを確認し、ノーデンスはジャケットを羽織った。家の中の明かりを全て消し、一階から窓の外を眺める。
今日は月が出ている。外を歩くには絶好の夜だ。
踵を踏み鳴らし、玄関へ向かおうとした、その直後。
「どこに行くの?」
「うわああっ!」
音もなく背後に現れたルネに気付き、何とも情けない声を上げてしまった。
「おまっ……足音もなく近づくなよ! 心臓に悪いだろ!」
「足音を立てたら君の場合、条件反射で殴ってきそうだし。それよりこんな時間にどこへ?」
「……散歩だよ」
何だかバツが悪かったので、ふいっと顔を逸らした。しかしルネがそれで引いてくれるはずもなく、さっきより距離を詰められる。
「こんな時間に危ないよ」
「俺にとってはお前といる方が何万倍も危ない」
「眠れないなら温かいものでも入れるから」
「そういうんじゃない。大丈夫だからほっといてくれ」
埒が明かない為踵を返したが、腕を掴まれよろけてしまう。さすがにしつこく感じ、強引に振り払った。
「俺がどこで何をしようが自由だろ!」
「じゃあ、せめてどこへ行くのか教えてほしい。私が一緒についていくのは絶対嫌なんだろう?」
「ああ。……工場の北側だよ。ちょっとぶらついたらすぐに帰るから、寝てろよ」
ドアを乱暴に開けて、逃げるように家を出た。一応振り返ってみたけど、さすがに追ってはこなかった。
ほっとしたのと同時にすり抜ける、虚しい風。
無理に振りほどいたせいで腕がわずかに痛んで、上から撫でた。きっと彼も痛かっただろう。
けど、ルネはもちろん誰にも知られたくない。知られてはいけない。
廃屋の中にある一族の秘宝。最低でも週に一度は訪れ、祈りを捧げる。これは自分の使命だ。怒りや憎しみを持て余す祖先を鎮める為に、自らの力を流し込む。
すると彼らの悲鳴も自分の中に入ってくる。痛い、憎い、怖い…………。武器をつくるだけの生き物にさせられ、惨めな最期を迎えた者達の苦しみが心臓を締め付ける。
「ん……っ……く……っ」
“それ”に触れることで力を吸い取られるし、逆に溜め込んでいるようにもなる。決まって頭の中では憎しみの声がこだまし、どうしようもない怒りと戦う羽目になるのだけど……これを他の誰かに任せるようなことはしたくない。
父が最後に教えてくれた一族の遺物。仲間にはもちろん、王族にも、ルネにも言えない。
誰かに見つからないよう黒い布を被せ、地下の扉を閉めた。三重になる鍵をかけ、扉があることが分からないよう埃っぽい板を乗せる。例え誰かが蹴り飛ばしても、この床に扉があるとはすぐには気付けないないだろう。
来た時はなかった頭痛を抱えながら、暗い通路を抜ける。
何千回も頭の中に流れ込んだ……王族を殺せ、という亡者の声が、すぐ耳元で聞こえた気がした。
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