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四面の形成

#6

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ローランドは肩を竦め、人差し指をくいくいと曲げて合図した。こっちへ来いということらしい。
「犬じゃないんですけど……」
さすがにひと言言ってしまったが、彼は依然として態度を崩さない。
人の親になってもこういうところは変わらないんだよな。諦めて真隣へ移動すると腕を引っ張られ、倒れ込んだ。
「っ!」
彼が素早く受け止めてくれたものの、今度は胸にしがみつく体勢になってしまった。まずいぞ。色々な意味でまずい……。
完全に脚が浮いている為、体を起こすにはさらに体重をかけることになる。冷や汗をかいていると、不意に頭を優しく撫でられた。
「へ……陛下?」
あろうことか彼の膝に乗り、恋人のように抱き合っている。誰かに見られたら死刑確実の状況だ。
だが腰に回る手で固定され、離れられない。倒れたことを詫びようと思っていたが、ローランドの意図が分からず困惑する。
まるで幼い子どもをあやしてるようだ。何で俺が……。

「前も訊いたな。ひとりは楽か?」
「……」

……ああ、なるほど。また“それ”か。
うんざりだ。否定の言葉を吐くと期待してるなら、容赦なく切り捨ててやる。
大体俺が“ひとり”が嫌だったとして、彼に何の関係があるのか。仕事は真面目にしてるんだし、迷惑なんてかけてない。どうでもいいじゃないか。
なのに何で……。

「……っ」

怒りと混乱と、謎の感情が綯い交ぜになる。
これが夢ならどれだけ良かったか。視界が歪み、気付けば涙を流していた。

最悪だ。よりによって彼の前で弱みを見せるなんて。
何よりこれは、「ひとりが嫌」だという最高の証拠になる。恥ずかしくて顔を背けると、さらに抱き寄せられ彼の胸にすっぽり埋まってしまった。おかげで顔は見られずに済むが、かつてない密着具合にますます焦燥を覚える。
こんなになってしまっているのは、全部疲れてるからだ。最悪な時に最悪な人に当たってしまっただけ。
「陛下……ちょっと、もし誰か来たら困るんで」
「鍵はかけてる。誰か来たとしても、お前が大泣きしてる姿を見れば黙るだろ」
いやそれはそれで困る。浮気には見られないかもしれないが、これ以上痴態を晒したらここにはいられない。
彼の服を掴む手に力を込めた。
「お願いですから、もう放っておいてください。俺は仕事以外のことはどうでもいいんです」
「じゃあ何で泣いてる」
身体が離れ、頬を優しくつねられる。
「……生理的現象です」
「いい加減認めろ。お前は既に限界を迎えてるんだよ。鈍感だから気付いてないだけだ。本当は、早く以前の生活に戻りたいんだろう」
目元に触れられる。たまっていた涙がまた彼の胸にこぼれ落ちた。
鬱陶しくて袖で乱暴に拭う。だが一度溢れると際限なく流れてしまい、羞恥心を刺激した。

「子どもはいないとかいう言葉が気になってな。……お前のことは全国民に知られてるというのに、まさか外でもそんな戯言を言ってるのか? 病気だと思われるぞ」
「……夫はいない、と言ってますけど。子どもに関しては陛下にだけです。でももう縁を切ってますから」
「手続きはしたのか」
「してない……」
「じゃあ何も変わってないだろう。大体これは何だ」

左手首を掴まれる。その薬指には、オッドにつけるよう言われた結婚指輪が嵌められていた。
ローランドはノーデンスの泣き腫らした顔と指輪を交互に見て、困ったようにため息をつく。

「仕方ない。私から話し合いの場を設けてもらうよう、王子に掛け合ってみよう」
「やめてください!」

ノーデンスは瞬時に顔を青ざめ、指輪を外してテーブルに置いた。いくら国王でも他人の家庭事情に首を突っ込むなんて非常識だ。正気を疑う。
「顔も見たくない! ……向こうも同じ気持ちですよ。俺に嫌気がさして出ていったんだから」
「自分に非があると自覚してるのか? じゃあその原因を改めれば解決するんじゃないのか」
「できません。俺の生きる目的そのものに関わってくることなんです。だから彼の意見を否定するつもりもない。帰ってくるなとか戻ってこいとか、そのどちらも言う気はありません」
「はぁ……」
耳鳴りがする。俯き拳に力を入れると、不意に上体を起こされた。
「……よく分からないが、お前が頑固なことが原因なのは分かった」
何度目か分からないため息をつき、ローランドはソファの背に深く凭れた。
ノーデンスはしばらく黙り、そしてまた嗚咽した。怒りなのか悲しみなのか、自分に対するやるせなさからなのか……分からないが、それは全く収まる様子がなく、やがて泣き疲れて眠ってしまった。


寄りかかるようにして、子どものように眠っている。まさか自分も、泣き寝入りする男に付き添う日がくるとは思わなかった。
でもそういえば、彼がまだ幼い頃に昼寝してる姿を見たことがあったか。生憎王子の自分に昼寝の時間はなかった為、少し羨ましく思ったこともあったけど。

指を絡ませると透き通る銀髪。近くのブランケットを手に取り、彼が目を覚まさないよう静かに掛けた。
「ふぅ……」
自分の子ども達にも頭を悩ませているが、ここにも大きな子どもがいたな。苦笑しながら彼の目元をそっとなぞった。

「……こんなところを見られたら、私がお前の旦那に殺されそうだ」

彼らに安寧の時が訪れるのはいつだろう。
テーブルの上で虚しく輝く指輪を一瞥し、ローランドは瞼を伏せた。






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