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四面の形成
#5
しおりを挟む「ノーデンス様、今日も凛として美々しいこと」
「でも最近は食事の時間にお見かけしなくなったな。夜遅くまで働かれて、昼近くに起き出しておられるようで」
「ほら、この間ロッタ様のことで陛下にお叱りを受けただろう。あれは城中で噂が広まったし、さすがのノーデンス様も沈んでいるのでは?」
一歩部屋から出ると自分の噂話が聞こえる。恐らく彼らは声を潜めているつもりだろうが、地獄耳の為にどれも綺麗に拾うことができた。
聞こえないふりをして、涼しい顔で闊歩するのは慣れている。なるべく毅然とした態度で仕事へ向かった。
仕事中だけは、怒りや憎しみは邪魔なだけだ。余計なことを考えず一日動き続けた。
「ノーデンス様、お帰りなさいませ」
「……ただいま。お疲れ様」
夜が更けた頃にようやく城に戻った。いつもより身体が怠くてふらふらする。さすがに以前のような風邪ではないだろうが、疲れがたまってるようだ。今すぐ部屋へ戻って、ベッドに倒れたい。でもその前にシャワーを浴びたい。飯は……腹も空かないし食べなくてもいいか。
「ノース」
「わわっ! へ、陛下……!」
王宮の広間を抜け、自室がある塔へ登った。その階段上で待っていたのはローランドだった。
しかも一人だ。また護衛もつけずにここまで来たらしい。本当に困った王だ。
それはそうと、いるはずないと思ってる人間がいるのって結構ビビるもんだな。醜態を晒してしまったことも歯痒く、内心舌打ちした。
「陛下……大変申し上げにくいんですが、いくら城内でもお独りで行動するのは危険……」
「いいから部屋に入れろ」
こいつ、本当に何様だ。
国王様……というセルフツッコミを心の中で完了し、自室の鍵を開ける。彼が自分に会いに来た理由も、わざわざ部屋に上がる理由も分からないが、逆らうという選択肢はない。扉を押さえて客間へ通し、彼に紅茶を淹れた。
席に着いてもしばらく無言が続いた。特に話すこともないし、こうして向かい合うのはロッタ王女の件以来だ。増してや二人きりなんて……へとへとで帰って来たというのに、何故また疲れる状況に身を置かないといけないのか。心底ため息をつきたくなった。
俺ももう歳だ。なんて言うと三十路の女官に睨まれるけど、二十代前半と後半は死ぬほど違う。
「……諸外国による武器の買収が日増しに増えている。それは良いが、大半は無名の商人で輸出後の経路が分からない。今後は厳正な審査を通り、身元が分かる者にのみ武器を売るようにしたらどうかという意見があった。お前が来なかった日の会議に」
ようやく飛び出したのは仕事の話。それも遠回しに文句を言ってきている。舌を出したいのを堪え、自分用の紅茶もカップに注いだ。
「では……一度その官吏の言う通りにしたらどうでしょうか。私は賛成しかねますが」
お言葉ですけど、とワンクッション挟み、身につけている重たいアクセサリーを一つずつ外していく。もう業務時間外だ。これくらいは許されるはず。
「どこよりも自由な交易を行っていたからこそ、ランスタッドはここまで大きくなれたのですよ。私達のようにしがない鍛冶師が有名になったのも、武器の素晴らしさが世に知れたのも。そもそも買い手を限定したところで既に売り払ったものを把握するなんて不可能だ。交易を制限すれば忽ち信用と期待を失い、協力者はぐんと減る。今は損失の方が大きいに決まってます」
感情が昂っているせいだと思うが、遠慮など一切見せずに言い放った。
ローランドの機嫌次第で立場が危うくなってもおかしくなかったが、存外彼は興味深そうに頬杖をついた。
「私もそう思う」
「え?」
「だから、あくまで提案だ。私はその場で否定も肯定もしていない。お前の意見を聴くまで保留とした。武器を造るのはお前達だからな」
真っ直ぐな瞳で見据えられ、思わず視線を逸らす。
てっきり説教か、冷やかしに来られたのだと思っていた。彼が真剣に仕事の話をしに来たのだと分かって今度は萎縮してしまう。
「私は……陛下の命に従います」
それしか言えない。と言うか、それ以外なんて返せばいいのか。
決定権は全て彼にある。多くの者は彼の逆鱗に触れないよう言動を控える。自分も結局はそのひとりだ。
いつもはそれが嫌で仕方ない。でも今日は何故か受け入れている自分がいる。倦怠感でどうでもよくなっているのかもしれない。
ローランドはふっと目を細め、それから自身の膝を叩いた。
「分かった。一応は意見も聴けたことだし、この話はまた今度にしよう」
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