ある野望を話したら夫が子どもを連れて出ていった話

七賀ごふん

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四面の形成

#4

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打ち合い……!?
聞き間違いであってほしかったが、彼は剣を自分に渡すと、近くに刺さっている余りの剣を手に取った。どうやら聞き間違いでも冗談でもないらしい。
「お前は華奢だし腕力も一番女に近い。自分で使い心地を見たらいい」
そう言うけれど、剣を構える彼も体格はさほど変わらない。なんて返したら本当に刺されそうだ。
「ち、ちょっと待ってくださ……わっ!」
動きにくいブーツを履いてることも不安だったし、何より火元の近くで暴れるわけにはいかない。だのに彼はこちらの回答も聞かずに剣を振るった。
銀色の刃が幾重にも現れる。その度に風を切る音がする。
受け止めることも忘れ、剣は下げたまま後方へ退いた。どうしようか迷っていると、彼はため息と共に容赦なく近くのドラム缶を蹴り飛ばした。
「うわわっ!」
目の前で倒れ、中に入っていた塗料が床に溢れる。それに気を取られた時、顔先に刃が迫っていることに気付いた。

「……っ!」

避けられないと悟った瞬間、全力で剣を振った。鼓膜を震わすほどの衝撃音が鳴り響く。スローモーションのように細い光が弾け、そして足元に落ちた。
受け止めたのではなく、彼の刃を折ったようだ。ノーデンスの足元には真っ二つになった刃の半身が落ちている。

「強い剣だ。……いや、こいつが弱いのか」

ノーデンスは折れた剣の先端に指を当て、そして肩を竦めた。
「って違う、強度を確かめたかったんじゃない。振りやすいか知りたかったんだよ。なのに避けてばかりじゃ分からないだろ」
「す、すみません。でもいきなり過ぎたし、ノーデンス様にお怪我をさせるわけには……」
「へぇ? 俺を怪我させる自信があるのか」
「そういう意味ではありません! だから、その……」
何を言っても空回ってしまう。それも全て彼の意地悪で、意図的なものだろう。狼狽えていると、堪えられないといった様子で吹き出した。

「はっはっは! お前は相変わらず真面目だなぁ。結構結構」

折れた剣を躊躇いなく竈の中に投げ入れ、ノーデンスはレンツの剣先に触れた。
「こっちの腕も訛ってなさそうだな。さらに練度を上げれば、お前は誰よりも強靭な武器を造れる」
「……」
彼は上機嫌で両手の汚れを落とした。実用化するかどうかはさて置き、ひとまず及第点らしい。ほっとすると同時に力が抜け、近くの台に凭れた。
剣を振るった時は少しムキになってるように見えたけど、今の彼は非常に落ち着いている。涼し気な横顔を盗み見ながら、小さく息をついた。
「ノーデンス様は、随分変わりましたね。……無茶をすることが増えた」
「そうか?」
「はい。俺と貴方が打ち合ってるところを誰かに見られたら大騒ぎでしたよ」
幸い、この部屋には自分ひとりしかいなかった。だからこそ彼はこちらの様子を覗きに来たのかもしれないが、まったく心臓に悪い。

「良い剣を造る。その為には職人も剣を使いこなせないと駄目だ。修練を怠らず、剣士としての腕も磨くこと」
「……本音を言うと、実際にこの剣で誰かが傷つくことは、あまり考えていません」
「それは考えなくていい。そんなこと考えてたら先に進まん」

そういうものだろうか。非情……いや、もはや無情だ。使い手のことだけを考え、その狂気を向けられる相手のことは考えるな、ということ。
「レンツ。いずれ世界は変わる」
灰がたまった炉を見ながら、彼は低い声で零した。語りかけているというより独りごちているようにも思えた。
「頭の悪い支配者や平和ボケした年寄りが力を失う。その時に俺達がすべきことは、これまで造った武器を全て回収することだ」
「えっ」
いきなり何の話だ?
ノーデンスはこちらを振り返ることもなく、無機質な声で淡々と続けた。
「鉄も鉛も鋼も、俺が神力を込めた全ての鋼材を回収したい。手元に戻ったらまた溶かして、俺の中に取り込む。今は王族に従って武器を他国に流してるけど……いずれは……」
「ノ、ノーデンス様? すみません、何を仰ってるのか……」
いつもとどこか違う雰囲気の彼に違和感を覚え、一歩後ろへ下がった。すると彼は振り返り、何故か驚いた顔で首を傾げた。

「今何の話をしてたんだっけ」

「え……えっ? いや、それを尋ねたんですけど」
「んー? 鋼の話……? まあいいや、また思い出すだろ」

……。

何なんだ。ボケじゃないよな、さすがに。
自分と十も離れてない青年に不安が隠せない。既にいつもの飄々とした態度に戻っているが、この違和感は自分だけではないだろう。
鍛冶師の中には気づいている者もいる。ノーデンス様が時折辻褄の合わない話をすること。また酷く穏やかな時と、感情を激しく表現する時があること。二重人格と言うのは大袈裟だが、彼の中に纏まらない二面性があるのは薄々勘づいていた。

だからと言ってそれを進言できる者は一人もおらず、仲間内でも口にする者はいない。尊敬よりも恐れが勝っているのだ。この国の中で、彼より力を持つ者がいないから。





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