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独り暮らしの武器商人
#8
しおりを挟む熱を出した日から数日、体調はすっかり良くなった。
限られた時間を無駄にはできないし、今日は大事な仕事が入っている。頭の中で段取りをイメージし、気を引き締めた。
相変わらず暖かい昼下がり。ノーデンスは製作場に数人の客人を招き、短剣の精度を見せた。銃火器も多く扱っているが、個人的には剣の方が勝手がいい。もっとも今手にしているのは対人用ではない、狩猟用のナイフだ。刃先が滑らかな皮剥タイプをメインに、その魅力を伝えていた。
客人は皆他国からやってきているが、商人や料理人、そして軍関係者まで所属は幅広い。宣伝には格好の場だ。
わざわざ用意した鹿(の脚のみ)を手早く解体する。
「皮だけでなく、肉もよく切れますよ。荷物を減らしたい時はこれ一本でも充分な仕上がりとなってます」
刃についた油を拭き取り、側近のオッドに人数分の短剣を持ってこさせた。
「遠方からせっかく来てくださった皆様に、こちらの短剣を一本ずつ差し上げます。実際にご使用いただいて、ご意見をお聞かせいただければ幸いです」
──────
見ていた客のひとりが、黒い刃のようだと言った。
非常にしっくりくる。電灯に近付け、新作のナイフの刃先で軽く机を叩いた。大きな獲物も解体できるが、野外での使用を考えているので軽量化を重視している。刃の合金には神力を込めたので尚さら自信があった。
しかし一番の功労者は鉄を打った鍛冶師達だ。いつだってそれだけは変わらない。
「ノーデンス様、お疲れ様です。まさか狩猟用の武器を展開するとは思いませんでしたよ。少し不安でしたけど、好評で安心しました」
「あぁ。余裕ができたら、本格的に料理用の包丁でも造ろうかなー」
これまでは武器をメインに扱っていた為、狩猟におけるナイフや料理用の器具など考えたこともなかった。だがこの平和な世の中に合わせると、日用的な道具は需要がありそうだ。
「ま、さすがにこういうものばかり作るわけにはいかないからな。何点か絞って、最高級のものだけ少量作ろう。そうすれば金に糸目をつけない職人が求めてくる」
武器ではないのだから、売り上げを全て自分達のものにしても良さそうだ。どう思う? と訊きそうになったが、傍にいるオッドは見た目以上に潔癖な青年なので訊くだけやめておいた。
「ノーデンス様の神気を無機物に込める力は天稟ですが、知略や炯眼にも圧倒されます。間違いなく、今後のこの国を引っ張っていくお方ですよ」
「ふ……っ」
彼はいつもわかりきったことを言ってくれる。だが実際問題、俺の能力に気付いているのは少数だ。平和に暮らしている一般市民は神力は愚か、武器の価値も軍の内情も知らない。兵に与えられた役割と配置、所有する兵器等は極秘情報として一切公開されてない。
他国に攻められた時の対処方や避難方法ぐらい常日頃から演習しておくべきだと思うが、ローランド達はそれすら「市民を不安にさせるかもしれない」と二の足を踏んでいる。これで本当になにか起きれば大惨事。愚の骨頂だ。
あと、そんな時真っ先に俺の力を頼られても困る。
「ノーデンス様、エプロンも似合いますよね」
「そう?」
彼に指摘されて思い出したが、解体の時につけたエプロンがそのままだった。スーツが血と油まみれになっては大変なので、わざわざ用意したものだ。外してから水を張ったバケツに放り入れる。
「普段料理する時はエプロンなんてしないけど」
「え、つけても良いと思いますよ。クールで仕事できそうだからこそ、ギャップがあるというか。きっと家庭だと良い奥さんだったんで……ハッ!」
そこまで言いかけた時、オッドは目を見開き口を手で塞いだ。まるで見てはいけないものを見てしまったような目で見てくる。
「どうした」
「い、いえ……厚かましいですが、何なら俺もノーデンス様の御料理一度食べてみたいなと思って」
彼は散らかった材料をてきぱき片付けながら、ひとりで何度も頷いた。
「別に得意じゃないよ。あ、料理で思い出したけど、この前陛下が粥を作りに来てくれた」
「えええっ!?」
工場内に反響する声。オッドはせっかく集めた鋼材を床に落としてしまった。そして足早にこちらへ詰め寄り、壁に押し付けてきた。
「そっそそそれはどうしてそうなったんですか!?」
「何だよ急に……見舞いだよ、見舞い。この前熱出して休んだ日あっただろ。その時にひとりで俺の部屋に来て、大量に粥を作っていったんだよ。食べ切るのに本当苦労した……そうだ、お前を呼んで全部食ってもらえば良かったんだな」
「いやいやいや、なんて畏れ多い……陛下が護衛もつけず、わざわざ手料理なんて……皇后様はご存知なのでしょうか?」
知らない。興味もない。
「普通はしませんよ、そんなこと。……好意なのか、はたまた他意があるのか。俺は不安です」
オッドは大袈裟に頭を押さえ、近くの木箱に腰を下ろした。
「他意って何だ」
「はぁ。完璧な貴方の唯一の弱点を上げるとしたら、ひとの情欲に疎いことです。ノーデンス様を狙っているひとは腐るほどいますが、誰か心当たりいます?」
「ひとりも」
「そうでしょう……だから俺もいつも苦労してるんです。さっきも貴方のことが気になるという業者がいて、上手く話を逸らすのが大変で大変で」
と、何やらオッドが頭が痛そうなので、胸ポケットから寸志を取り出した。
「何に悩んでるのか知らないけど、最近仕事ばかりして煮詰まってるんだろ。臨時報酬やるから夜遊びに行きな」
「そう……そう、そういうところです」
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