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eins
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しおりを挟む突然オカルト的な話になったが、彼女が至極平然としているので調子に合わせた。固唾を飲んで話の先を促す。
「それで、出産というのは?」
「彼らは種族を繁栄させようとしているので、子作りは真剣なんですよ。そしてひとりじゃ産めないので、出産の際は人に助けをもとめるんです。それもやはり知識のある人が良いので、……助産師を求める」
助産師と聞いた瞬間、全身に鳥肌が立った。
「へ、へえ。何かあまりに見事な偶然でちょっと怖くなっちゃいましたよ。俺の母も産婦人科医なので」
「えぇ、本当に!? お母様は冗談で言ったのかしら。それとも事実だったら……すごく興味あり
ます」
「今度訊いてみますよ。まぁ、冗談だと思いますが」
ここまで聞いても、ファンタジー過ぎてとても信じられない。妖精なんて胡散臭いの代表だ。日本で言う河童や座敷わらしの類だ。
けど自分から訊いておいて全否定するのも良くないから、興味のあるふりをしておいた。
「彼らは助けてくれた人間にはちゃんと御礼をするんですよ。金銀を渡すこともあるし、幸運を約束したり、子どもの代まで見守ってあげることもある。意外と陽気で、義理堅い連中なんです。でもお話したとおり水中に棲んでいるので、子どもを取り上げてくれ、と頼まれたら覚悟してくださいね」
「へ……え……」
「あ。あと、彼らは人が水中で生きられないことは分かってるんですが。人と話したいあまりつい水深のあるところまで連れて行って溺死させてしまうことがあるそうです」
「困るじゃないですか!」
「大昔に伝わっていた話ですよ。妖精さんも時代と共に変わっていくから、今はそんなことしないんじゃないかしら」
いやいや。それならいいけど……普通に恐ろしい。
でも意図的に悪さをする類じゃないことは分かった。
母は今ぴんぴんしている。じゃあ溺れることもなく無事に帰してもらえたんだろう。
それなら心配ないな、と思って、いや何真に受けてんだ、と自嘲する。少なくとも日本では、妖精なんてもんは妄想の産物だ。幽霊だって大半の国民が信じてない。
「元村さんはその妖精のこと信じてるんですか ?」
「えー、どうでしょ。いたら面白いな、とは思いますよ。だって、もし今マンモスやティラノサウルスが存在したらワクワクするじゃないですか。怖いけど」
「……そうですね。怖いけど」
互いに顔を見合わせて笑った。
「元村さんて面白い人ですね」
「あら、それ褒めてます?」
「もちろん」
本当に不思議な人だと思った。
気付けば緊張はすっかり解け、他愛ない雑談を交わした。悩みを聴いてもらえなんて言われたけど、そんなことする必要はまるでなかった。
何気なく語り合うこの時間こそ、日々の疲れを忘れる薬になったから。
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