151 / 157
明日の景色
3
しおりを挟む彼女は目の前に屈むと、「目立たないように中に入れといてね」と言ってネクタイに何か付けた。
確認してみると、それは銀色に輝くタイピンだった。
「春からひとり暮らしするんでしょう? もう中々会えなくなるからね」
「えぇっ! いや悪いですよ、こんな高そうな……!」
頭が上手く回らなくて、言葉が出てこない。
けど彼女の言う通り、これから大学の近くに住むからこの家を出る予定だ。
だから響子さんとの契約も今月まで。
元々、家事が何もできない俺の為に父が頼んだ家政婦さんだ。そろそろ自分のことは自分でやらないといけないと思い、ひとり暮らしを決意したけど。
……いざお別れとなると、やっぱりちょっと寂しいな。
「本当にありがとうございます、響子さん。今までたくさんお世話になって……」
「はいはい、お礼はいいから。卒業式に遅刻したら大変よ」
あ、やばい。
一気に現実に引き戻され、走りながら振り返った。
「ありがとうございます! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」
手を振って見送ってくれた彼女に会釈して、全速力で学校へ向かった。
最後の登校ぐらい余裕を持ちたかった。脇腹が痛い……。汗びっしょりで気持ち悪いし。
でも、ネクタイの辺りを触ると頑張れる気がする。何ていうか、すごく心強い。
息切れしながら自分の教室へ向かい、クラスメイトに挨拶した。
「おはよう」
「お、やっと来たか!」
普段どおりの会話。そんなものにまで緊張するのは、やっぱりこれが最後だからかもしれない。
三年間過ごした学び舎を今日で卒業する。それもまだ実感がないし、また明日もここへ来るような気がしてる。
でもそんなことはなくて、皆は明日から別々の道を歩んでいく。誰も例外じゃない。
ちょっとガタガタする机と椅子すら、離れるのが切ない。頑張って掃除した教室から出て行くのが悲しいし、何もかもが名残惜しい。
お喋りの止まらない友人すら今日は少し大人しくて、感傷に浸っている。卒業式って、そういう日みたいだ。
0
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説



俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード
中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。
目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。
しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。
転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。
だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。
そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。
弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。
そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。
颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。
「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。

撮り残した幸せ
海棠 楓
BL
その男は、ただ恋がしたかった。生涯最後の恋を。
求められることも欲されることもなくなってしまったアラフィフが、最後の恋だと意気込んでマッチングアプリで出会ったのは、二回り以上年下の青年だった。
歳を重ねてしまった故に素直になれない、臆病になってしまう複雑な心情を抱えながらも、二人はある共通の趣味を通じて当初の目的とは異なる関係を築いていく。

鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる