Dress Circle

七賀ごふん

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明日の景色

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彼女は目の前に屈むと、「目立たないように中に入れといてね」と言ってネクタイに何か付けた。
確認してみると、それは銀色に輝くタイピンだった。
「春からひとり暮らしするんでしょう? もう中々会えなくなるからね」
「えぇっ! いや悪いですよ、こんな高そうな……!」
頭が上手く回らなくて、言葉が出てこない。
けど彼女の言う通り、これから大学の近くに住むからこの家を出る予定だ。
だから響子さんとの契約も今月まで。
元々、家事が何もできない俺の為に父が頼んだ家政婦さんだ。そろそろ自分のことは自分でやらないといけないと思い、ひとり暮らしを決意したけど。
……いざお別れとなると、やっぱりちょっと寂しいな。 
「本当にありがとうございます、響子さん。今までたくさんお世話になって……」
「はいはい、お礼はいいから。卒業式に遅刻したら大変よ」
あ、やばい。
一気に現実に引き戻され、走りながら振り返った。

「ありがとうございます! 行ってきます!」
「行ってらっしゃい!」

手を振って見送ってくれた彼女に会釈して、全速力で学校へ向かった。
最後の登校ぐらい余裕を持ちたかった。脇腹が痛い……。汗びっしょりで気持ち悪いし。
でも、ネクタイの辺りを触ると頑張れる気がする。何ていうか、すごく心強い。

息切れしながら自分の教室へ向かい、クラスメイトに挨拶した。

「おはよう」
「お、やっと来たか!」

普段どおりの会話。そんなものにまで緊張するのは、やっぱりこれが最後だからかもしれない。
三年間過ごした学び舎を今日で卒業する。それもまだ実感がないし、また明日もここへ来るような気がしてる。

でもそんなことはなくて、皆は明日から別々の道を歩んでいく。誰も例外じゃない。
ちょっとガタガタする机と椅子すら、離れるのが切ない。頑張って掃除した教室から出て行くのが悲しいし、何もかもが名残惜しい。
お喋りの止まらない友人すら今日は少し大人しくて、感傷に浸っている。卒業式って、そういう日みたいだ。




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