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対比
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しおりを挟む聞き間違いじゃないようだから、尚さら腸が煮えくりかえる。いくらなんでもふざけ過ぎだ。憤りに負けて彼に怒鳴った。
「お前いい加減にしろよ! 朝間さんが俺を好きだって言うのは絶対嘘だし、お前もあの人に騙されてるだけだ。あんな人と関わって良いことなんてひとつもない!」
……はずだ。多分。だって大人の考えてることなんて、俺達には分からない。
朝間さんは嘘とホントを上手に使い分け、優しい言葉で油断させる。普段から暴言を吐く継美さんとは根っから人種が違う。
俺もまだ朝間さんの十分の一も分かっちゃいないんだろうけど。それでも信用し過ぎたら駄目な人間だ。
「あの人が何で俺に執着すんのかも分かんないし、……俺には好きな人がいる。その人を裏切るわけにはいかないんだ」
「あぁ、梼原先生でしょ? 男からモテモテだね。俺は朝間さん以外の人間に好かれても嬉しくないけど」
「くそ、俺だって継美さん以外は……じゃなくて、もう終わりにしようよ。こんな言い合いしたって誰も得しないだろ」
「……」
柵に足を掛け、彼と同じ目線に立つ。少し風が吹いただけで体幹が崩れそうだ。早く延岡を説得しないと。
けど、彼は瞼を伏せてかぶりを振った。
「もういいよ。何かどうでもよくなった。やっぱり俺、人を好きになるの向いてないみたい。だから誰にも好かれないんだ」
「そんなもんに向き不向きなんかない。つうかあってたまるか! それを言ったら俺だって……お前よりずっと頭おかしかったよ。他人に興味もなかった。でも、今は普通に近付けてる。……気がする! だから、大丈夫だよ」
迷いまくってひたすら坂を下っていった。
幻滅されたし失望されたし、たくさんシバかれたけど……最終的に引っ張って助けてくれたのは、やっぱり大切な恋人。
「戻ろう。好きな人しか見えないって気持ちはよく分かるけど。……朝間さん以外の人にも目ぇ向けてみようって」
最後の望みで、彼との距離を詰めた。
「な?」
おかしいのは、寂しいのは自分も同じ。
いや、誰もが同じ。独りは嫌だ。
「……分かった」
その想いが届いて、延岡は頷いた。
早く引き寄せようと彼に手を伸ばす。彼と手が触れる、一瞬前だった。彼は足を滑らしてバランスを崩す。
「延岡っ!」
咄嗟にその手を掴んだけど、身体は外側に傾く。普段なら絶対味わわないような浮遊感に襲われる。暗く飲み込まれそうな夜空が見えたと同時に、気が遠くなるほどの衝撃を全身に受けた。
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