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暗がりの人
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しおりを挟む「俺といるの、嫌だった?」
感情が読めない、落ち着いた口調で尋ねられる。
いつも笑ってるせいか、静かな先輩を目の前に動揺した。
「いや……っ」
自分からけしかけたくせに、何やってんだ俺は。
「そんなわけないじゃないですか。好きですよ、先輩のこと」
ていうか、あれ。どうしてこんな話になるんだ。
ますます頭の中がこんがらがっていくけど、今まで隠してた気持ちを打ち明ける、良い機会になってしまった。
「でも、それじゃダメなんです」
こんなこと言っていいはずないのに。
「先輩みたいな……ほんとの意味で良い人とは、ずっと一緒にいられる自信がないから」
知られないよう、気付かれないよう……珍しく頑張っていたのに、とうとう話してしまった。でもこれ以上仲良くなったら絶対バレるから、むしろ良かったかもしれない。
空と共に、自分達を包む影も黒くなっていく。夢と現実の境界線が分からなくなる。
意識まで暗い方に傾きかけた時、明るい声で引っ張られた。
「柚がよく言う良い人は分からないけど。……俺はお前と一緒にいるの、ほんとに楽しくて好きだよ」
想像していた答えと違い過ぎて呆然とした。
どう返せばいいか分からない。
素なんだろうけど、こんな人が一架先輩の友達ってのはおかしいな。
何も知らない、陽だまりのような人。
また胸の中で黒い何かが蠢く。
この人を汚したら一架先輩はどんな顔をするだろう?
さすがに黙ってないはずだ。また“こっち”に戻ってくるかもしれない。
「ゆ、柚っ?」
考えるより先に身体が動いて、柊先輩をベンチに押し倒していた。
結局こうなるんだ。俺は皆が嫌う暗がりに住んでる。
「柊先輩……」
彼の肩を押さえる手に力が入る。視線を下へ移した。一架先輩の時みたいに、柊先輩のこともメチャクチャにしたら楽しいだろう。
毎日楽しそうで、友達も多い。俺とは全然違う。
そんな人を犯したら。
「く……っ」
本気でそう思ったんだ。だけど、
「もうっ……帰ります!」
自分自身に吐き気がしそうだ。
……耐えられない。
先輩から離れて、急いでその場から走り去った。
「おい、柚!?」
名前を呼ぶ声が聞こえたけど、聞こえないふりをして全力で離れた。彼の悲痛な声はいつまで経っても鼓膜こびり付いて、俺の中を掻き回していた。
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