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気になるひと

#8

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「ははっ……准君、涼子さんて面白い人だね」

席へ戻ってから、加東はずっと楽しそうに笑っている。
「え、えぇ。ははは……」
対する准は愛想笑いを返すのが精一杯だった。涼が注文した飲み物も運ばれ、改めて三人で乾杯した。しかしリラックスとはほど遠い空気感にげんなりする。はたまた、隣人の強行。
「はい准君、あ~ん」
「んむっ!? ぐぐ……っ!!」
涼は料理を(強引に)口に突っ込んだり、異常にベタベタしてくる。加東の前で、何でこんなことをするのか心底不思議だった。
本当に自分と彼を応援してるなら、こんな態度は逆効果だ。にも関わらず涼は加東そっちのけで准に絡んだ。見兼ねた加東が訝しげに腕を組む。

「仲良いんですね。ほんとにただの友達?」
「友達です! 准君ってば女の子の友達多いから、全然連絡くれないんですよ。もー、私すごい寂しかったのに」
「うっ、いや、そんな事ないから。加東さん、誤解しないでくださいよ!」

今もピッタリ腕に当たってる偽物のオッパイは、絶望を味わうには充分な材料だ。
「准君、ちょっと酔ってない? 顔真っ赤だよ? 心配だから冷やしてあげる」
「……」
そう言っておしぼりを掻き集める涼が怖くてしょうがない。お前の方が何倍も顔赤いし、ハァハァ言ってるし心配だ。何のスイッチが入ったんだ。
「あー……涼子さん? ちょっと准君、本気で具合悪そうだから……今日はもう解散しよっか」
え。
思いがけない提案に、准も涼も驚いて彼を見る。初めての食事が、こんな終わり方か。そうガッカリしてる准の腕を掴み、加東は自分の方へ引き寄せた。
「実は准君、俺と会ったときから元気なかったんだ。俺が強引に引っ張り出したから、責任もって家まで送ってくよ。ただでさえ酔ってて危ないし」
「そうなんですか。それなら私も……」
「女の子が支えるのはキツいと思うよ?」
「……」
何故か二人の間に沈黙が流れる。
張り詰めた何かを肌で感じていたけど、やがて涼の方から頭を下げた。
「すいません、じゃあお願いします。准君も気をつけてね」
「大丈夫。ここは俺が払っとくからね」
予想外の展開に准は狼狽する。
涼を残して、加東と二人で店を出た。酔ったふりして彼の肩を借りるのは、少し卑怯な手だと思いながら。

「准君。家まで、って言ったけど。どうする? いっそホテルにでも泊まっちゃう?」
「……!」

人混みの中で立ち止まる。彼らの目と鼻の先は、ホテル街だった。






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