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水やり
#1
しおりを挟む和巳さんと暮らすようになってから、もう三ヶ月が経とうとしている。
「そろそろ帰ってくるかな……」
時間を気にしながら夕食作りに取り掛かった。できれば和巳さんが帰って来たとき、すぐに温めて出せるようにしときたい。
今日の献立は鮭の西京焼きだ。一人暮らしする前に母に教わったけど、これが結構難しくて、自分が食べるために作ったことはなかった。でも大事な彼の為なら頑張って作ろうと思える。
和巳さんはウチの会社に入って二ヶ月近く経つ。だいぶ慣れてきたみたいだけど、やっぱり帰ってきた時はいつも疲れた顔をしてるから、美味しい物を食べさせてあげたい。
……父さんも、和巳さんと会社で仲良くやってるみたいだから良かった。俺も今ではたまに、電話で話をすることがある。と言っても、まだ親子の会話とは言い難い、淡々と出来事を報告するだけの内容だけど。
それでも、前とは全然違う。
「ただいまー」
「あっ、和巳さん、おかえりなさい!」
一旦調理の手を止めて、和巳さんを出迎える。すぐに優しく抱き締められた。いつもの香水の香りに、ちょっとだけ酒と煙草の香りが混ざっていた。その変化はすぐに分かる。
「和巳さん、もしかして飲んできた?」
「あぁ。付き合わないといけない感じだったから、ちょっとだけね……鈴に会いたいから、早く帰りたかったよ」
「お疲れさま。じゃあ、もしかしてお腹いっぱいかな? ご飯作ってたんだけど」
「ご飯!? 腹なら空いてる! もちろん食べるよ!」
和巳さんは一気に笑顔になった。だから俺もすぐに夕飯の支度をして、食卓に並べた。炊きたてのご飯に味噌汁と西京焼き、白菜の漬け物。地味なものばかりだけど、和巳さんは美味しそうに食べてくれるから、それを見てるだけで幸せだ。
「美味い! あぁ~、鈴の手料理が食べれるなんて幸せだな」
「こんなんで良ければ毎日作るよ」
「ほんと? それは嬉しいなぁ……鈴、ありがとう」
繁忙期でなければ和巳さんはそれほど遅くならずに帰って来るし、俺も課題が溜まってなければ家で過ごす時間がある。二人で笑い合えるこのひと時が、本当に幸せだった。
そして夜が更けた頃、二人でベッドに入る。
「ん……」
部屋を暗くしてから、肩が当たりそうなほど近付いた。大抵はそのまま眠りに落ちるんだけど、彼の腕が首の後ろに回った時はちょっと違う。
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