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和巳の一日

#20

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高校を卒業して、新居に越してきた夜は浮かれてた。これでやっと自由。もう父と毎日顔を合わせなくて済む。独りで大はしゃぎしていた。
家を出た解放感は筆舌に尽くし難い。やっと“大人”になれたって喜んだ。
そして本当に独りなんだって、誰もいない家に帰るたびに痛感した。ずっと望んでいたことだから、動揺はしなかったけど。

大学の入学式も無事に終えた……。でもその翌日、母から電話がかかってきた。

『鈴鳴。お父さん、入学式こっそり見に行ってたみたいよ。気付かなかった?』
「え……」

気付かなかった。それに純粋に疑問だった。いつも無関心なくせに、どうして見に来たりなんかしたんだろう。
俺のことなんてどうでもいいと思ってるはずなのに。何でわざわざ、隠れてまで来たんだ?
高校の卒業式は来てくれなかったのに。

『だから、よ。卒業式の時は仕事でどうしても行けなかったから、大学の入学式は絶対見たかったのよ』

……どうだろう。母がそう言っても、いまいちピンとこなかった。
「どうして隠れて来るんだろ。一言ぐらい言えばいいのに」
『もー、そんなの決まってるじゃない。親が見に来るのは嫌がる子が多いでしょ。お父さん、貴方に鬱陶しく思われるのが嫌なのよ』
「何でそう決めつけんのかな。俺は一度も鬱陶しいとか言ったことないよ?」
『ふふ、そうね。じゃあ私からそう言っておくわ。本当に頑固な人達で困っちゃう』
「だから俺は頑固じゃないって……」
最後まで文句を言って、電話を切った。でも本当は母じゃなくて、この文句は本人に直接言うべきだ。……分かってる。でも彼に電話をかける勇気はないから、スマホは机に置いた。

「ふぅ……」

父を鬱陶しいなんて思ったことはない。むしろ逆だ。父の方が、俺を鬱陶しく思ってるはずだ。それなのに何で入学式に来てくれたのか。言ってくれれば、俺だってちょっと行って話したのに。
親子なのに馬鹿みたいだ。お互いに遠慮して、出方を窺って、顔色を窺って。

「まぁいいや。寝よ……」

疲れていたからベッドに倒れ込んで、その夜は眠りについた。
多分寝る前に母さんと話したせいだと思うけど、夢の中に父さんが出てきた。いつもと同じ仏頂面で、口数も少ない。
でも日曜日は必ず昼ご飯を作ってくれる。
彼の作ったご飯を食べるだけの、夢を見ていた。





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