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七賀ごふん

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#30

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「幸せにしたいなんて、初めて言われたよ」
「ははっ。俺も初めて言いました」

ライトに照らされる桜が、暗い夜空を覆い隠す。
美しい景色に佇む彼の泣き顔は、これまでで一番綺麗だった。
ここはゴールではなく、スタートだ。でもここに来るまで本当に長く、険しかった。
闘っていたのは彼の方だ。何度座り込んでも、一歩も進めない日があっても、引き下がることはしなかった。だから辿り着けたんだろう。
「……大丈夫」
影山は夜空を仰いで呟いた。その言葉は心の中に留めて、もう一度彼の手を引いた。

悲しい音が、人々の笑い声で消えていく。泣き叫んでいた幼い子どもも、親からお菓子をもらった瞬間笑顔になった。
何も特別じゃない風景を二人で眺めた。夜風に急かされるように石畳の道を抜けて、市街へ向かう。予約していたホテルに到着した途端、たまっていた疲れがどっと押し寄せてきた。
「やっぱりもう歳かもしれないな」
ベッドに倒れて呟くと、窓の外を眺めていた影山が振り向いた。
「何言ってんです、品場さんはまだまだ若いでしょ。お酒頼みます?」
「うーん……」
瞼を伏せて考えていると、ベッドが軋んだ。触れそうな位置に影山が座っている。やがて手が触れて、覆いかぶさってきた。先程とは違う深い口付けに熱が高まる。結局“こっち”に走ってしまうんだから、自分も彼も相当だ。
でも今夜は特別ということにしよう。なんせ、彼に触れるのは明日からしばらくお預けだろうから。

影山の服を脱がせる。それと並行して、影山も品場の服を脱がせた。こんなことは初めてだ。脱がせているのに脱がされている、不思議な感覚に囚われる。
もうひとりの自分を見ているよう。

「ん……っ」

身に付けているもの全て脱ぎ捨て、正面から見つめ合う。やや遠慮がちに顔を近付け、唇を重ねる。前戯に時間をかけることなんて今までほとんどなかった。いつだって焦りながら、雪崩込むように交合っていた為気恥ずかしい。
舌を絡めて、影山の後ろにぬらした指を宛てがう。窮状を脱する手段だったセックスは、昨日で終わった。これからは互いの心を満たす為に繋がりたい。
丁寧にやるつもりがただモタモタしているだけのようにも思えた。彼も察したのか、苦笑しながら腰を密着させる。
猛った熱を小さな入口に擦り当てて数回、ぐっと奥へ押し込んだ。昨日と比べるときつい中。だけど、昨日よりずっとずっと気持ち良かった。





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