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嘘
#3
しおりを挟む目前に聳え立つのは灰色の、要塞のような施設。
来客用のカードを首にかけ、白い廊下を進む。常に閉じている建物特有の匂いが瀰漫している。
案内された部屋に進み、奥のベッドに座っている老年の女性に挨拶した。失礼だが、実年齢よりずっと老けて見える。骨と皮しかない細い腕が侘しさを誘い、小さな針として胸に刺さる。
管理者とは既に話をしたので、彼女には簡潔に伝えた。
貴女の息子が自分を庇ったことで、傷害罪で逮捕された。精神状態が落ち着くまで病院で治療を受けることになった。
謝罪も含めとても事務的に伝えたが、彼女はこちらを見ない。ずっと窓の外を眺めて、ごく稀に眼球を動かす。
「退院後の対応は警察の方に委任していますが……なにかあれば僕も、行木さんにすぐにお伝えします」
念の為施設の電話番号もメモに残し、サイドテーブルに置いた。もう伝えることは何もない。
自分と彼女しかいない部屋。空いたベッドが三台。大きな窓はしっかり閉ざされている。
「あの……」
胸ポケットからスマートフォンを取り出し、彼女の目の前に翳した。
「僕、暇さえあれば絵を描いてて。仕事以外は絵を描くしかやることがないんですが、施設では息子さんだけが僕の絵を気に入ってくれてたんです。えっと、この絵なんですけど」
画面に映る、青い展望台の絵。それを見ても、彼女は反応しない。開いた口は塞がらず、ぼうっとしている。しかし構わずに続けた。
「決して明るい気持ちで描いたものじゃない。でも自分としては気に入ってるので、好きだと言ってもらえた時は本当に嬉しかったです。彼は僕にとっても大切な人なので……もう少し落ち着いたら、この絵を彼に贈ろうと思います」
立ち上がって一礼し、部屋を出た。車に戻ってから、何するでもなく時間を潰す。
施設では今頃、職員達がそれぞれの憶測を並べて議論しているのだろう。自分に対する疑心と不信、今後の不安を。
ハンドルを指で叩く。とん、とんとん、とんとんとん、とリズムをとる。途中で三拍子に切り替えて、片足はメトロノーム代わりに四十のテンポで踏み鳴らした。
肩はずっと震えている。何故なのかは分からない。酒を飲み過ぎた時のようだ。瞼が痙攣する。指先に震えが走るから、わざと速く動かした。
─────これからどうする?
青ざめる行木に問いかけた、あの夜を思い出した。
だが実際は自分に問いかけていた気がする。
どうする。どうする……。
これから、どうなる?
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