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七賀ごふん

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#13

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相談が終わった後も所長はひとりで何か呟いていた。
「どうせいつか死ぬのにね……」。そういえば、自分も以前、彼とそんな話をしたことがある。

その時の所長は殻に閉じ篭もるように両手を組んだ。
人は、死んだら骨になるだけだ。

息を引き取る瞬間まで家族が誰も来ない、そんな人は世の中に腐るほどいる。医師と看護師たけに囲まれ、ひとりで死んでいく人ばかり。……むしろ誰か駆けつけてくれる方が珍しいんじゃない?

俺は仕事上若い人しか相手にしないけど、死に目に合った人が何人かいたよ。夜中に電話で呼び出されて、車で病院に向かった。眠気は吹き飛んだ……不思議と冷静で、安全運転だった。
その男の人は精神薬を多量摂取して呼吸不全になり、異変に気付いた職員が救急搬送した。
家族に連絡したけど誰も来なかった。慌ただしかった医師と看護師がぴたりと静かになった時、もう駄目なんだな、と悟った。
こういう時、木のように立ち尽くすしかないんだ。
一緒に確認してくださいと言われて。医師が時刻を告げ、後は……その場に合わせて俯いた。

機械のように淡々と、やるべき手続きや報告を済ませた。家族の連絡がとれたのは翌日の午後で、徹夜で動いてたから身体はきつかった。
でもそれ以上に俺は彼に同情したね。三十余年も生きて、だ。臨終の瞬間は、少ししか話したことない、俺みたいな人間しか来てくれないなんて。

この人が今命を落としたことは、俺と、医師と看護師、この場にいる三人しか知らない。尊い命のはずなのに、世間ではニュースにもならない、小さな小さな、取るに足らないこと。

周りに誰か居る……という意味では、彼はひとりではなかった。孤独死ではない。
けど彼という人間を深く知っている者は、俺も含めてその場にひとりもいなかった。

繋がりがない人間達に見下ろされて死にゆくのは、孤独死と一緒だと思うんだよ。違いなんて、検査後綺麗な体のまま保管されるということだけ。腐らずに済むだけ。……どんなに綺麗にしても最後は結局燃やして灰にするし。
人望はあったら生きやすいんだろうけど、なくても死ぬわけじゃない。死んだ後に得することなんてせいぜい葬式の時に皆が泣いてくれることだけだろう。あとは陰口を叩かれないことか。

卑屈なことを考えてしまう。そして笑いそうだった。何にも面白くないけど、自然と笑みがこぼれた。葬儀場に行って火葬に立ち会ってもその気持ちは変わらない。
というか、俺みたいな人間が来てごめんなさいって思った。
貴方の死を本気で悲しんでるわけじゃない。あくまで通常業務の一環として来ている俺なんかが、大切な場所を荒らして……何か、ごめんなさい。





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