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七賀ごふん@小説/漫画

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「所長みたいな人が、初めての職場にいたら良かったな……って、思いました」
「それは褒めすぎだ」
彼は肩を揺らして笑った。夕焼けが眩しい。建ち並ぶ飲食店の看板が淡い光を灯しだして、街は一気に華やかになった。
「もし俺が良い人に見えるなら、行木さんが良い人だからだね。やっぱり魚心あれば水心だし、相手の対応による」
「それは分かります。やっぱり、相手次第ですよね」
「そう」
所長はハンドルを指で叩いた。

「俺の悪い癖。攻撃されると大事なこと全部忘れちゃうんだぁ……」

陸橋に上がり、一層夕陽が強くなる。痛いほどの光が、彼の笑った顔を照らし出していた。



その入所者は、今までのタイプとまるで違った。
一週間前にやってきた雲井という男は享楽的で、感情の振れ幅が大きい。スイッチが入ると凶暴なななり、職員が軽い怪我をすることがあった。
傷つけた相手が職員ならまだセーフだ。患者の行動は全て病気によるもので、何をされても仕方がないという暗黙のルールがある。職員が訴えても国は動かない為、泣き寝入りが普通だ。だが同じ入所者なら話は違う。
「相手が入所者ならアウト。一発で退所、病院か他の施設に移ってもらうことになるね」
事務所で、所長が職員達に話しているところを偶然聞いた。患者も言わば商品なので、商品を傷つける商品は置いておけないのだろう。
自分達のような患者がいるから、彼らは仕事がある。医者も看護師も仕事がある。仕事を与えてやってるんだから感謝してほしい。そんな風に開き直る入所者もいる。

俺は、それは違うと思うけど……。
俺達みたいな患者が現れたから、彼らのような職種が生まれたんだ。着眼のポイントがずれている。

雲井という男は個室ではなく、平気で共用トイレで自慰をした。噂じゃ清掃員の男性が追いかけられて恐ろしい思いをしたと言って、先日退職したらしい。
精神病院の隔離病棟を思い出したが、決定的に違うことがある。あそこの患者はそもそも部屋から出ることは叶わなかった。だがここでは彼は放し飼いにされてる。怖い、恐ろしい、会いたくないという負の感情が、日毎膨れ上がる。

今日も病院から帰ってくると、雲井が正面玄関の前に立っていた。彼がエスケープしようとする為、玄関は施錠されるようになった。おかげで自分は裏口からこそっと出ていかないといけない。全く腹立たしかった。





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