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時
#13
しおりを挟む背後から掛けられた声に情けなくも飛び上がってしまった。どきどきしながら振り返ると、影山が驚いた顔で立っていた。そういえば、今日は外出からそのまま直帰していたな……。
「あはは、そんな驚かなくてもいいじゃないですか。……あ、何か綺麗な待ち受けですね。って」
影山は展望台の絵を見ると、笑顔を浮かべたまま数秒固まった。
「ど、どうした?」
「あ、いえ……何ですか、この絵」
彼は不思議そうに首を傾げる。何、と訊かれても正直返答に困った。展覧会巡りが趣味だなんて言ったら、似合わないと笑われそうな気がする。実際美術や芸術とは無縁の人生を送ってきた。
「よくは知らないよ。パッと見で気に入ったというか。単に好きなだけ」
「そう……ですか……」
幸い影山はあっさり納得した。けど以前と比べるとリアクションの薄さが尋常ではない。
良いタイミングだと思い、彼の襟を掴んで無理やり手すりに寄りかからせた。
「わ、何ですか」
「お前最近無理してるだろ」
相談者相手なら慎重に言葉を選び、きちんと段階を踏む。パーソナルスペースはもちろん、精神状態も注意深く考慮する。
しかし影山相手にそれをやると、あっという間に朝になる。単刀直入に問い掛け、彼の目を真正面から見据えた。彼は逃げるかもしれないけど、自分は逃げない、という覚悟の為に向かい合う。
「仕事、もう辞めようと思ってないか」
「え! ちょっとちょっと、飛躍し過ぎじゃないですか。でも……」
影山はぎょっとした顔でツッコミを入れる。それでも黙って見返していると、参ったと言わんばかりに両手を上げた。
「その前前段階には……来てて。何で分かったんですか?」
笑っているのに、泣きそうな表情。迷子の子どものような頼りなさだった。
「さぁ。何となく」
煙草を取り出して火をつける。今日初めての一服は頭の中をスカッとさせてくれた。
「別にカマかけたわけじゃない。日に日に大人しくなってるから嫌でも分かるよ。……なんつって、昔の俺はそれも分からない馬鹿だったけど」
言葉だけでは推し量れないものがある。この仕事は相手の目線、表情、声に仕草……神経を研ぎ澄まして、いつもと違うところがないか注意しなければならない。
大丈夫。いつもと一緒。そう思っていた人が、実は状態が悪化していた。そんなことが積み重なるたび自分の目に自信を持てなくなる。人と関わることが恐ろしくなる。
以前助けられなかった青年もそうだった。ある日突然気持ちが上向きになったことを喜んだけど、突然過ぎたのだ。その変化が最大のサインで、彼の最後のSOS。静かな悲鳴に気付いてやれなかった。
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