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時
#10
しおりを挟む「影山。今から俺が担当している人の家に行く。お前も来い」
「あ、はい!」
オフィスの駐車場に停めている社用車に乗り込み、エンジンをかける。これから会う人物の情報データが入ったタブレットを先に渡して発車した。
「こう言ったらなんだけど、ちょっと厄介な人だ。オブラートに包むと、かなり性に奔放な人」
「それは、ネガティブなんですか?」
「ああ。普段はすごく大人しいんだけど、スイッチ入ると平気で口説いてくる。だから男が担当することになってる。今までは俺が見ていたんだけど、部長が次の担当にお前を指名してるんだよ。今日はその為の挨拶と、視察だな」
「そうなんですね。あぁ、あの……俺がこれから担当する人達って……」
「何?」
影山は画面をタッチしていた指を止める。そして小さく何でもありませんと呟いた。
話はそこで終わった。でも俺は彼が何を言おうとしているのか分かっていた。
うちで対応している大勢の相談者。その中で特に厄介な人間ばかり、上は新人の影山に押し付けている。
配属早々気の毒な役回りだ。しかしそれが彼の成長に繋がるなら、こちらとしても特段口を挟む気はない。彼が何故突然異動してきたのかも知らないし、自分はただ軽くサポートしてやればいい。
三十分近く走り、小さな駐車場の一番奥に車を停めた。その裏にあるアパートが目的の場所だ。インターホンを鳴らし、促されるまま中へ上がる。普段は玄関で済ませることもあるが、今日は影山の紹介もある為長丁場になると踏んだ。
相談者は里川英彦という男。一年前から特定精神病の認定を受け、通院生活を送っている。普段会話するぶんには何も問題ないが、就労は無理だと言い張っている。しかし状態が安定したときは自立できるように計画を立てていきたい。
「……という事で、今後は私に代わってこちらの影山がサポートさせていただきます」
「影山一伊と申します。よろしくお願いします」
影山はお辞儀する。里川は何も応えず、彼のことを凝視していた。
珍しく緊張していたのか、影山は手洗を借ります、と席を外した。するとそれまで黙っていた里川が一言、「彼初々しくて可愛いね」と呟いた。引き攣ったような笑顔だった。
あははと笑って誤魔化し、話を変えるべく他の報告を済ませる。影山が戻ってきてからも、彼は相槌しか返さなかった。
ようやく家を出た頃には空は夕焼け色に染まっていた。
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