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足音
#1
しおりを挟む「暑……っ」
翌日の夕、白希は塾を終えて教室から出た。
すっかり夏が近付き、日が傾いても蒸し蒸しとした気温になっている。ぬるくなったペットボトルのお茶を一瞬で冷やし、ひと息に飲み干した。
この力も、こういう時だけは便利かもしれない。
ずり落ちそうな鞄のショルダーをかけ直し、ペットボトルをゴミ箱に捨てた。
この力は本当に分かりやすい。気持ちが安定している時は楽々とコントロールできる。
やはり自分に足りてないのは精神力だ。そう自覚する度、迷惑をかけ続けた両親、兄に対し罪悪感が募った。
この胸の痛みが消えることは決してないし、消えるようなことがあってはならない。
だよね。……おばあちゃん。
ビルから出て、細い歩道をゆっくり進む。その途中、ふと気になることがあってカーブミラーを見上げた。
「……」
近くにコンビニを見つけ、白希は中で適当な飲み物を買った。歩く速度を上げながら、いつもと違う裏道を使って駅へ向かう。
そこは住宅が建ち並び、歩いてる者はひとりもいなかった。
少なくとも、目の前には。
「あの。……なにかご用ですか」
足を止めて振り返った。反応がなければ来た道を戻ろうと思ったが、電柱の影からひとりの青年が姿を現した。
すらりとした体躯に似合うネイビーのジャケット。それに見覚えがあった白希は思わず息を飲んだ。無意識に一歩下がり、手も後ろに回す。
静かに見据えると、青年は意外そうな表情で頭をかいた。
「驚いたな。別にバレていいんだけど、のほほんとしてるから絶対気付かないと思った」
「……わりと周囲には気を払うようにしてるんです」
こうして尾行されることも慣れてきてる自分がいる。その嬉しくない事実を飲み下しながら、ため息も飲み込んだ。
表面上は冷静を装っているが、内心は焦っている。
困ったな。どうしよう。
白希の後をつけていたのは、昨日塾のトイレで顔を合わせた青年だった。
「そっ、か。警戒心ある子は好きだよ。それとも、今までも危ない目に遭ったことがあるとか?」
「……」
ポケットに仕舞っているスマホが頭によぎる。近付いてくる青年からは片時も目を離さずに答えた。
「殺されそうになったことなら、数回ほど」
青年の足が止まる。待っていると、彼は心外と言わんばかりに両手を上げた。
「そんな大変な話をされるとは……っていうか、そこまで危険な人間だと思われてるのか。俺は君に危害をくわえるつもりなんて一ミリもないから、そこは信じてほしいな」
彼は困ったように笑う。近くまで来て分かったが、やはり宗一さんと同じくらい長身で、綺麗なひとだ。
でも今はそんなこと考えてる場合じゃない。
「危険じゃないなら、何で俺のあとをつけてたんですか? コンビニに行った時は外で待ち伏せていたし……申し訳ないけど、どうしたって警戒します」
「いいや、ただ君と話がしたかったんだ。本当は昨日トイレで会ったときに……」
「!!」
その途端、昨日の恥ずかしい出来事が走馬灯のように蘇った。
やっぱり、個室でシてたことがバレてた……!?
悪夢のような予想が当たり、朦朧とする。恥ずかし過ぎて正気でいられない。
「君をずっと捜してたんだ。あの塾に通いだしたと分かって、ようやく会えたと思ったら……わ!」
「違います! ああああれはその、具合が悪くて呻いてしまっただけで!! それじゃ、失礼します!!」
これ以上話をするわけにはいかない。白希はレジ袋に入っていたコーヒーボトルを青年に投げ渡し、一目散にその場から走り去った。
追ってくるかと思ったが、幸い彼は驚いた顔で立ち尽くしていた。
確かに、一見悪い人には見えないけど。
そもそもつけてくる時点で普通じゃない。
そして、自分と彼の出会いも普通じゃない。
うわああ……!
絶対トイレで自慰していた件だ。あれをネタに脅そうとしてきた可能性が高い。
自宅の最寄り駅まで何とか辿り着き、深いため息をついた。
「………………」
そもそも自業自得なので、自分で何とかするしかない。もしまたあの人が会いにきたら……目的はお金か訊いてみよう。
お金で解決できるならまだマシだ。って、何か俺もどんどん過激な思考に染まってきてるような……。
「白希、おかえり」
「あっ! 雅冬さん。ただいまです」
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