熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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重たくも、暖かく

#8

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文樹さんの就職祝いは、やっぱり延期することにした。
彼は優しいから今回のスパで充分と言ってくれたけど、まだ後一年以上あるし、本番までじっくり考えることにする。

「白希、ご機嫌だね。ずっと鼻歌唄って」
「あ! すみません、うるさいですよね……!」
「全然。白希は歌上手いし、声も綺麗だから癒されるよ」

平日の夜、キッチンの片付けをしている白希の隣に宗一が並んだ。
白希は照れ臭そうに頬を掻き、遠慮がちに微笑む。
「上手いなんて言ってくださるの、宗一さんぐらいです」
「あはは。白希、私以外に聞かせたことあるのかい?」
「あ、そういえばないかも……。文樹さんがよくカラオケに連れて行ってくださるんですけど、恥ずかしいから俺は聴くことに徹してます」
そして彼がバイト中もよく鼻歌を唄っている為、見事にうつった次第だ。

「宗一さん。周りにいる人のクセってうつりますよね」
「うん? ああ、そうかもね」

白希の細い髪を梳いていた宗一は、不思議そうに上を向いた。

「口癖とか、口調もそうだね。ほら、方言ある人とずっと一緒にいると結構うつる」
「なるほど……」
「悪癖じゃなければ大丈夫だよ。私なんて昔舌打ちが癖の上司と仕事してたらうつっちゃってね。理不尽なことで叱責されたら反射的に舌打ちしてしまったんだ。でも不思議と、それから理不尽なことは言われなくなった」
「おお~、それはさすが……! 良かったです」

見たことないけど、普段穏やかな宗一さんが舌打ちしたらすごく怖いだろうな。今は直ってるみたいだから本当に良かった。
「でも、他人の癖に比べて家族の癖ってうつらない印象だな」
宗一さんは口元に手を当て、わずかに首を傾げた。

「私とあの人達に似てる点なんて一つもないし……」
「そ、そうでしょうか?」

マイペースなところは限りなく親子だと思うけど、そこは何となく黙っておいた。宗一さんは未だご両親と一線を引いていたいところがあるみたいだし。
「え~……確かにそうかもしれませんね。宗一さんは確立された個性があります」
「ふふ、個性か」
そっと手が重ねられる。思わずびくっとして、振り向いた。

「じゃあ、夫婦は似てるところがあるか……探してみる?」

耳朶を甘噛みされる。熱い吐息が内耳に入りそうになって、背筋がぞくっとした。
夜のスイッチが入ったみたいに、全身が疼き出す。
「ン……ッ」
顔や首に啄むようなキスをされる。踵が浮いて、無意識に彼の方に身体を預けていた。
ついその熱に包まれたくなったけど、慌てて理性を取り戻した。

「宗一さんっ……ち、ちょっとまだ……洗濯もお風呂も終わってませんし、実は明日までに終わらせないといけない宿題が」
「おやそうなの?」

それを聞くと宗一さんはピタッと動きを止め、俺から手を離した。
「分かった。じゃあ家事は私に任せて。白希はその間宿題をして……終わったら一緒にお風呂に入ろう。どう? 完璧だろう?」
「あ、はい」
完璧かどうかは分からないけど、一旦頷く。彼がとてもやる気だったので、素直にお言葉に甘えることにした。

無事に塾にも通い出して、今までよりは忙しい日々を送っていた。
何事も最初が肝心だし、宿題だって手を抜きたくない。
「宗一さん、ありがとうございます」
「分担するのは当たり前だよ。大丈夫だからゆっくりやっておいで。頑張ってね」
彼の優しい笑顔を受け、急いで部屋に向かった。本当に分からないことは先生に尋ねるとして、極力自分で問題を解けるよう心掛けた。
勉強なんてほとんど十年ぶりだ。活性化してない頭で記憶するのはとても大変だけど、やはり理解できると楽しい。

今の学生達に憧れることもあるけど、過去は過去だ。戻れはしないし、またこうして勉強ができることに感謝しないといけない。

「ふう……」

何とか宿題が終わった。机の上にある時計を見ると、ちょうど一時間が経とうとしていた。
宗一さん、まだ家事してるかな。
手伝いに行こうと腰を浮かせた時、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
「白希、お疲れさま。飲み物入れてきたんだ」
ドアを開け、トレイを持った宗一さんが顔を覗かせた。
「わぁ、ありがとうございます!」
温かいミルクティーを受け取り、ゆっくり口にする。白希の好みに合わせて甘く作られていた。

「は~、美味しいです」
「良かった。宿題はどう?」
「おかげさまで、ちょうど終わりました!」

笑顔で問題集を翳すと、宗一さんは笑顔で頭を撫でてくれた。
「よしよし、白希は本当に頑張り屋さんだ」
「いえ、そんな。宗一さんが協力してくださるからです」
ミルクティーを飲みほし、カップをトレイに置く。
キッチンへ持っていこうとしたけど、宗一さんは感慨深そうにベッドに腰を下ろした。

「勉強できない環境にいる子は勉強したいと願うのに。勉強できる環境にいると怠けてしまう子が多い。皮肉なことだ」
「多少は仕方ないことですよ。宗一さんは勉強好きでした?」
「まさか。期限を破ったことはないけど、課題はいつもぎりぎりだったよ。締切が迫ってやっとエンジンがかかるんだよね」
真剣に話す彼に、思わず笑ってしまう。
やっぱりマイペースな人だ。でもそこが良い。



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