熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

文字の大きさ
上 下
183 / 196
重たくも、暖かく

#8

しおりを挟む



文樹さんの就職祝いは、やっぱり延期することにした。
彼は優しいから今回のスパで充分と言ってくれたけど、まだ後一年以上あるし、本番までじっくり考えることにする。

「白希、ご機嫌だね。ずっと鼻歌唄って」
「あ! すみません、うるさいですよね……!」
「全然。白希は歌上手いし、声も綺麗だから癒されるよ」

平日の夜、キッチンの片付けをしている白希の隣に宗一が並んだ。
白希は照れ臭そうに頬を掻き、遠慮がちに微笑む。
「上手いなんて言ってくださるの、宗一さんぐらいです」
「あはは。白希、私以外に聞かせたことあるのかい?」
「あ、そういえばないかも……。文樹さんがよくカラオケに連れて行ってくださるんですけど、恥ずかしいから俺は聴くことに徹してます」
そして彼がバイト中もよく鼻歌を唄っている為、見事にうつった次第だ。

「宗一さん。周りにいる人のクセってうつりますよね」
「うん? ああ、そうかもね」

白希の細い髪を梳いていた宗一は、不思議そうに上を向いた。

「口癖とか、口調もそうだね。ほら、方言ある人とずっと一緒にいると結構うつる」
「なるほど……」
「悪癖じゃなければ大丈夫だよ。私なんて昔舌打ちが癖の上司と仕事してたらうつっちゃってね。理不尽なことで叱責されたら反射的に舌打ちしてしまったんだ。でも不思議と、それから理不尽なことは言われなくなった」
「おお~、それはさすが……! 良かったです」

見たことないけど、普段穏やかな宗一さんが舌打ちしたらすごく怖いだろうな。今は直ってるみたいだから本当に良かった。
「でも、他人の癖に比べて家族の癖ってうつらない印象だな」
宗一さんは口元に手を当て、わずかに首を傾げた。

「私とあの人達に似てる点なんて一つもないし……」
「そ、そうでしょうか?」

マイペースなところは限りなく親子だと思うけど、そこは何となく黙っておいた。宗一さんは未だご両親と一線を引いていたいところがあるみたいだし。
「え~……確かにそうかもしれませんね。宗一さんは確立された個性があります」
「ふふ、個性か」
そっと手が重ねられる。思わずびくっとして、振り向いた。

「じゃあ、夫婦は似てるところがあるか……探してみる?」

耳朶を甘噛みされる。熱い吐息が内耳に入りそうになって、背筋がぞくっとした。
夜のスイッチが入ったみたいに、全身が疼き出す。
「ン……ッ」
顔や首に啄むようなキスをされる。踵が浮いて、無意識に彼の方に身体を預けていた。
ついその熱に包まれたくなったけど、慌てて理性を取り戻した。

「宗一さんっ……ち、ちょっとまだ……洗濯もお風呂も終わってませんし、実は明日までに終わらせないといけない宿題が」
「おやそうなの?」

それを聞くと宗一さんはピタッと動きを止め、俺から手を離した。
「分かった。じゃあ家事は私に任せて。白希はその間宿題をして……終わったら一緒にお風呂に入ろう。どう? 完璧だろう?」
「あ、はい」
完璧かどうかは分からないけど、一旦頷く。彼がとてもやる気だったので、素直にお言葉に甘えることにした。

無事に塾にも通い出して、今までよりは忙しい日々を送っていた。
何事も最初が肝心だし、宿題だって手を抜きたくない。
「宗一さん、ありがとうございます」
「分担するのは当たり前だよ。大丈夫だからゆっくりやっておいで。頑張ってね」
彼の優しい笑顔を受け、急いで部屋に向かった。本当に分からないことは先生に尋ねるとして、極力自分で問題を解けるよう心掛けた。
勉強なんてほとんど十年ぶりだ。活性化してない頭で記憶するのはとても大変だけど、やはり理解できると楽しい。

今の学生達に憧れることもあるけど、過去は過去だ。戻れはしないし、またこうして勉強ができることに感謝しないといけない。

「ふう……」

何とか宿題が終わった。机の上にある時計を見ると、ちょうど一時間が経とうとしていた。
宗一さん、まだ家事してるかな。
手伝いに行こうと腰を浮かせた時、ドアをノックする音が聞こえた。
「はい」
「白希、お疲れさま。飲み物入れてきたんだ」
ドアを開け、トレイを持った宗一さんが顔を覗かせた。
「わぁ、ありがとうございます!」
温かいミルクティーを受け取り、ゆっくり口にする。白希の好みに合わせて甘く作られていた。

「は~、美味しいです」
「良かった。宿題はどう?」
「おかげさまで、ちょうど終わりました!」

笑顔で問題集を翳すと、宗一さんは笑顔で頭を撫でてくれた。
「よしよし、白希は本当に頑張り屋さんだ」
「いえ、そんな。宗一さんが協力してくださるからです」
ミルクティーを飲みほし、カップをトレイに置く。
キッチンへ持っていこうとしたけど、宗一さんは感慨深そうにベッドに腰を下ろした。

「勉強できない環境にいる子は勉強したいと願うのに。勉強できる環境にいると怠けてしまう子が多い。皮肉なことだ」
「多少は仕方ないことですよ。宗一さんは勉強好きでした?」
「まさか。期限を破ったことはないけど、課題はいつもぎりぎりだったよ。締切が迫ってやっとエンジンがかかるんだよね」
真剣に話す彼に、思わず笑ってしまう。
やっぱりマイペースな人だ。でもそこが良い。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

柔道部

むちむちボディ
BL
とある高校の柔道部で起こる秘め事について書いてみます。

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

繋がれた絆はどこまでも

mahiro
BL
生存率の低いベイリー家。 そんな家に生まれたライトは、次期当主はお前であるのだと父親である国王は言った。 ただし、それは公表せず表では双子の弟であるメイソンが次期当主であるのだと公表するのだという。 当主交代となるそのとき、正式にライトが当主であるのだと公表するのだとか。 それまでは国を離れ、当主となるべく教育を受けてくるようにと指示をされ、国を出ることになったライト。 次期当主が発表される数週間前、ライトはお忍びで国を訪れ、屋敷を訪れた。 そこは昔と大きく異なり、明るく温かな空気が流れていた。 その事に疑問を抱きつつも中へ中へと突き進めば、メイソンと従者であるイザヤが突然抱き合ったのだ。 それを見たライトは、ある決意をし……?

処理中です...