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重たくも、暖かく
#7
しおりを挟む文樹さんはこちらを見ず、虚空を向いていた。
いつもみたいに笑ってないと少し雰囲気が違う。
俺は何故だか冷静に考えていた。俺が宗一さんと出逢ってなければ。文樹さんが大我さんと出逢ってなければ。
もっと早くに、俺と文樹さんが出逢っていたら……。そのひとつの可能性を上げたんだろう。
俺だって、文樹さんのことが大好きだ。同じ同性愛者だし……そうなっていた可能性は確かにある。
人生って面白いな。
気まずくて黙っていたわけじゃないのに、文樹さんはハッとした様子でこちらに向き、両手を合わせた。
「ごめん! 変なこと言って。今はマジで、友達として好きって意味だから!」
「あはは、分かってますよ。むしろそんな風に言ってもらえて、本当に幸せです」
「幸せって……宗一さんに聞かれたらヤバいから」
複雑そうに眉を寄せ、彼は眉間を押さえた。
「マジで自衛しろよ。お前、最悪無自覚で不倫しそう」
「そんなことありませんよ! それに人のこと言えませんけど、文樹さんだって充分危険です。可愛いし、襲われそうです」
「うげ、気持ち悪いこと言うなって」
「本当ですよ」
彼は彼で、あまり自身の容姿を分かってない気がする。
イケメンだけど、どこか幼さも残っていて、守ってあげたい雰囲気だ。襲われない保証はない。
「それでもお前よりはマシだって」
「マシって言い方はないと思います」
と、二人でふざけ、お湯の中でくすぐり合う。過去最高に楽しい時間を過ごした。
こんなに笑ったのは久しぶりかもしれない。お腹が痛くなるぐらい声を出すなんて。
「はは、……はぁ……。冗談抜きで宗一さんに見られたら、俺殺される」
「絶対ありませんよ。それより、俺の方が大……」
……我さんと言っちゃいけない。慌てて口を閉じる。
「大?」
「た、大変申し訳ないです。文樹さんの人生の汚点になるので」
何とか誤魔化し、さっきよりお湯の中に身体を沈める。
ふう、意識しないと大我さんが出てきちゃうな。本当に気をつけよう。
「でも、宗一さんがいて良かった。でなかったら白希のこと心配でしょうがなかったかも」
「……」
本当に優しいひとだ。単純に俺が抜けてるせいだけど……俺も、彼に幸せになってほしい。
大切だ。絶対失いたくない、最愛の友人。
瞼を伏せると、隠しておこうと思っていた悩みがぽつぽつと口から零れてしまった。
「実は全然思いつかなくて、最近ずっと悩んでました。文樹さんの就職祝いに何をお贈りしたらいいか」
「は!? 気が早くない!?」
大我さんと全く同じ反応で、思わず笑ってしまった。
そんな俺を、彼は異様なもののように見つめる。
「最長二年はあるぞ。留年するかも分かんないし、考えなくていいって」
「いやいや、でも……」
「いいから。じゃ、今日のこれを就職祝いにしてよ。本当に楽しかったし」
額を人差し指で押される。目を丸くして見返すと、彼は可笑しそうに肩を揺らした。
「何かさ。物とか貰うのももちろん嬉しいんだけど、こうやって遊びたい時に付き合ってほしいんだよね。だって、そういう関係すごい貴重じゃん?」
「……!」
友達ができたこと自体奇跡のような俺にとって、それは間違いなかった。
この巡り合わせに感謝したい。失いたくない。
「そう……そうですね。本当に……」
俯き、胸元の水面に視線を落とす。そこには自分の情けない顔が映っていて、何だか可笑しかった。
「白希? 泣いてんの?」
「泣いてないです」
「ははは。とにかくプレゼントとかは考えなくていいから」
優しく頭に手を置かれる。
「でも、ありがとな」
彼の方がずっと心配や悩み事もあるだろうに。
俺が不安に思っている未来を、一瞬で攫っていく。こんなことができるのは、やっぱり無二の親友だからなんだ。
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