熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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重たくも、暖かく

#6

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翌週。

「ああ~、疲れたあ~!」

閉店後、片付けをしてる最中文樹さんは背伸びして叫んだ。
「酒が飲みたい。白希、飲み行かね? 何なら宗一さんも誘って!」
「ふえ。もちろん良いですけど、お疲れなら早く帰って休まれた方が良いんじゃ……」
「お前は爺さんかよ。若者は吐くまで酒飲んで、カラオケで発散するのが最上の回復法なんだよ!」
早くもアルコールが入ってるようなテンションで、文樹さんは箒を掃除用具入れに押し込んだ。
「お酒……うーん……」
彼が言ってることは一理ある。要はワイワイ騒ぎ、楽しいことをして疲れを吹き飛ばそう、ということだ。
でも今は良いとして、明日の朝は悲惨なことになってそうだ。最近朝起きられないと嘆いているのに、学業に支障が生じたら大変。
はっ、そうだ!

「文樹さん! 良いところがあります。お酒も飲めますので、カラオケや居酒屋ではなくそこへ行きません?」
「え、酒が飲めるなら行く」

二つ返事で、無事に文樹さんを誘導することに成功した。内心ガッツポーズをしながら、大急ぎで閉店作業を終わらせる。
宗一さんに遅くなると連絡して、俺は目的の場所に文樹さんを連れて行った。

「ふああっ……気持ちいい……っ」

全身がほぐれていく。
バイトで鞭打った体に最高だ。思いきり手を伸ばすと、隣にいた文樹さんも頷き、天井をあおいだ。

「ああ……ほんとやばい……って、まさかのスパかよ!」
「す、すみません。上の階に夜景が素敵なバーがあるみたいなので、後で飲んでください」
「何か逆に恐縮して行き連れえよ! スパはめちゃくちゃ気持ちいいけどさ……!」

そう。かなり急だけど、職場近くのホテルにできたスパへ誘ってしまった。実はオープンしたてで、偶然クーポンをもらっていたのだ。
「ごめんなさい。お金は大丈夫なので、せめて疲れを落としてください」
「そんなん別に良いのに……でも、ありがと」
広く真っ白な空間で、円形の浴槽に二人で並ぶ。意外とお客さんは少なくて、伸び伸び浸かることができた。

「いやー、男二人でこういうとこ来るとは思わなかった」
「俺も思いませんでした」
「お前……お前ってほんと白希だな」
「そうです」

よく分からないやりとりをし、下からボコボコと出てくる泡を手ですくう。面白くって何度もやっていると、文樹さんは吹き出した。

「ふはっ! ま、いっか。白希は男って言っても、チワワみたいな存在だから」
「何ですかそれ……!?」

確か犬の名前だ。犬と同じ存在というのがどうにも解せず青ざめると、彼は立ち上がって外を指さした。
「露天行こうぜ。ここでも夜景見えるみたいだし」
「あ、良いですね! 行きましょう!」
足元に気をつけながら、外へ出られる扉を開ける。寒くて声が出たけど、すぐに広い浴槽に入ってホッとした。
「わー、マジ何年ぶりだろ。気持ちいい。景色もいいし」
文樹さんは後頭部を縁に乗せ、空を見上げた。

「すみません。居酒屋行きたかったのに、無理やり変えて」
「ううん、全然。むしろこっちのが良い。癒される」

彼は消え入りそうな声で呟くと、瞼を伏せた。
「カップルならともかく、男二人で来るのは面白いよな。白希ってやっぱ発想が爺さんだよ」
「俺もそう思います……反省します」
「違う。すげー良いよ」
夜空で唯一見える星。それを指さして、文樹さんは微笑んだ。

「友達みんな良い奴で、大好きだけどさ。とっくに知ってるもん非日常にして、良さを教えてくれんのは白希だけかも」

思わず振り返り、彼の横顔に見蕩れてしまった。
自分のように変に言葉を濁さず、ストレートに気持ちを伝えてくる……そんなことができるのも、やはり彼だけだ。

「俺のしてること、迷惑じゃないですか?」
「わけないだろ。百回ぐらい言ってるけど、白希は謙遜し過ぎなんだよ」

文樹さんは方向を変え、今度は不貞腐れたように縁に両肘をついた。
眼鏡をかけてないせいか普段と違って見える。ぬれて長く見える前髪も、思ったより白い、透明感のある肌も。
大我さんも白いけど、文樹さんには負けるかな。と思ったところで、絶対隠し通さなければいけないと思い直す。文樹が大我と付き合ってることは知らないふりをしないといけないし、大我の裸を知ってることを文樹に知られるわけにはいかない。

俺はパニックになると馬鹿なことを言ってしまいそうだ。それは絶対駄目。
申し訳ないけど脳内に浮かぶ大我さんを完全にシャットアウトした。

「白希、どした? 急に黙り込んで」
「あ、いえ! ……う、嬉しいです。ありがとうございます」

駄目駄目なところばかりじゃなく、もっと深いところまで見てくれる。そんな彼に本当に感謝している。
「……照れながら言われると、こっちまで恥ずかしくなるわ」
文樹さんは気まずそうにそっぽを向き、顔を逸らした。

「こんなこと絶対言うべきじゃないんだけどさあ」

冷たい風が吹き抜ける。
外気にあてられた顔、首、肩だけが冷たくて。そこから下は、のぼせそうなほどに熱い。
文樹さんも同じだろうか。

「もっともっと早くに会ってたら、お前のことそういう意味で好きになってたかもしんない」




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