173 / 196
守るべき人
#11
しおりを挟む世界はそうそう変わらない。
変わるのは、いつだって人の方だ。そして考え方次第で日常は取り戻せる。
簡単に巻き戻せるし、先送りだってできる。運命を待つのではなく、自分から拾いに行くんだ。
時々気を取られて転びそうになることはあるけど。……あの人が言ってくれたように、俺の居場所は十年前から決まっているから、大丈夫。
「……もしもし。あ、雅冬さん! ……はい、ありがとうございます。あはは、おかげさまで元気ですよ」
日が沈む前に家に帰り、洗濯物を畳んだ。その最中電話がかかってきた為、手を止めて耳を傾ける。
『あ~、このゆるい感じこそ白希だ。良かった……本当に良かった』
雅冬さんと話すのも久しぶりだ。今の白希にホッとしていることが、電話越しでも伝わってくる。
でも、こちらも密かに安心していることがある。十年前の自分は、不器用なりに現実を受け入れ、前を向いていたようだ。周りの人達の話から察するに、一番孤独に苛まれていた時期の自分なのだろう。
そんな自分が十年後の世界で目覚め、周りから優しくされたら……戸惑うに決まっている。むしろ少し不憫に思えた。
「雅冬さん。ちょっと前の私は、何か失礼なことをしませんでしたか?」
『ん? 宗一はヤンチャだって言ってたけど、俺は特になかったよ。何てことない、今どきのドライな感じだから安心しな』
今どき……がいつも分からない。苦笑して誤魔化し、お礼を告げる。
『十年前だろうと十年後だろうと、白希は白希だろ。心配することなんて何もなかったんだろうな』
「……」
スマホを片耳にあてながら、白希は床に腰を下ろす。体育座りをして、自分の膝に手を乗せた。
「なんなら今の俺より素直で、強い部分がたくさんあったかもしれません。断片的な記憶しかないけど、村の人達にも立ち向かうことができていたし……一番、純粋だったところを切り取って出てきたのかな」
そして大切に隠しておいた、祖母への想いも一緒に出てきてしまった。
村に戻ることはないと思っていたけど、やはり祖母の墓参りだけは行きたい。すぐには無理だけど、追追宗一さんに相談して考えよう。
『白希は基本純粋だと思うけどな。そうそう、手紙の内容を考えてる時とか。あれは動画で撮っておくべきだったな。失敗した』
宗一なら高値で買ったのに、とおどける雅冬に、思わず顔が熱くなる。
「恥ずかしいから勘弁してください……」
『いやいや、いつもあれぐらいワタワタしてるぞ? ……と、それはさておき。十年前の白希は手紙書けたの?』
指先がわずかに跳ねる。数拍置き、白希はゆっくり肯う。
「……書けて、ちゃんと渡せたみたいですよ。すごい子です」
『ははっ。自分を褒めることになっちゃうのか』
二人で笑い合う。だけど実際、十年前の自分は見習いたいほどの行動力を持っていた。
再び村人達に襲われ、宗一さんや大我さん、道源さんに助けられた日。十年前の俺は疲れきって、泥のように眠ったらしい。まる一日寝ているものだから宗一さんが病院に連絡すべきか迷ったらしいけど、夜中にひょっこり起きてきた為安心したという。
その時はまだ十年前の“俺”のままで、特に何も言わずに宗一さんの膝枕で寝たみたいだ。
そして朝には、元の人格である白希が目覚めた。
戻って安心したはずなのに、どこか寂しい気もする。
少しの間とはいえ、十年前の自分は間違いなく今の世界を生きた。彼がいた証が褪せないよう、胸の中に大切に仕舞っておくつもりだ。
それに、雅冬に伝えた通り彼が残してくれたものもちゃんとある。
かつて、白希が宗一に宛てた手紙の数々。もう更新されることはないと思ったのに……新たに追加された一通の手紙は、文通を始める前の自分が書いたものとなった。
照れくさいし、周りの人達にたくさん迷惑をかけてしまったけど、俺は十年前の自分を誇らしく思う。
『本当に、不思議な夫婦だな』
「俺はかなり変わってますけど、宗一さんはしっかりされてますよ」
『あいつのはちゃっかりしてるって言うんだよ。……とにかく、一緒になったことが奇跡だと思うんだよな』
なるほど、確かに。
妙に納得して、電話なのに何度も頷いてしまう。
出逢えたことはもちろん、惹かれあったことも……全ては偶然だけど、可能性は低いんだから、これはもう奇跡と言っていい。
奇跡は、運命にも等しい。
「ありがとうございます、雅冬さん。……あ、多分宗一さんが帰ってきたので……。ええ、切りますね。また改めて」
玄関の方で音がした為、通話を切り、素早く立ち上がる。
それまで落とされていた照明が点いたように、突然視界が開ける。彼がいると思うだけで何故こんなにも景色が変わるんだろう。
不思議だ。人を好きになるということは、未知の力を秘めている。
廊下まで駆け、ドアが開いたと同時に声を掛けた。
「宗一さん、おかえりなさい!」
「ただいま、白希」
5
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】


【書籍化・取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない
gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる