熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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守るべき人

#8

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世界を温かくするのも、冷たくするのも、全部自分だ。でも前を向いて歩けるのは、周りで支えてくれる人達がいるから。それだけ決して変わらない。
自分は生かされている。優しい人達に……そして、自分自身にも。


「羽澤さん、そろそろ休憩行って大丈夫ですよ」
「あ、どーも。行ってきまーす」


街の図書館内にあるカフェは、客は多いが基本静か緩やかな時間が流れている。
ひとり客が多いから会話も聞こえない。そういうところが気に入ってバイトを続けている。
大我はエプロンを外し、スマホを開いた。いくつか大学の友人からメッセージが来ていたが、一番最初に確認する相手は決まっている。

文樹のやつ、また変なもんに金使ってんな……。

写真付きのメッセージだったが、筋トレグッズを安く買えたから家に試しに来い、という内容だった。少し前は健康志向だったが、今は筋肉をつけたいという願望に支配されているようだ。正直文樹がマッチョになり過ぎても困るので、ハマり具合を見て止めよう。

スマホを仕舞い、コーヒーを持ってカウンターを出る。テラスに出てひと息つこうと思っていると、名前を呼ばれた。

「大我さん」

危うく段差で転びそうになったが、咄嗟に手すりを掴んで振り返る。そこには、二週間ぶりの青年がいた。
「白希!」
「すみません、お仕事中に。ちょっと時間ができたので……大我さん、お元気かと思いまして」
大我は周りを見渡し、白希の腕を掴む。そして人のいないテラスへ連れ出した。
「元気は元気だけど、こっちの台詞だっての。怪我大丈夫か?」
前髪で隠れているが、白希の額にはまだ痛々しい傷がある。大我が確認していると、彼は明るい笑顔で笑った。

「あはは、痛くないから大丈夫ですよ。俺って結構痛みに鈍感みたいなんですよね」
「それは良いことなのか……?」

大我は神妙な面持ちで白希を見返した。
元気かどうか知りたかったら、それこそ電話でもしてくれたら良かったのに。わざわざ会いに来るところが本当に律儀だ。
“以前の”白希のまま、変わっていない。

「……全部思い出したのか?」

森林に囲まれたテラスで、青い空を見上げる。柵にもたれかかった大我に、白希は「うーん」、と困ったように微笑んだ。
「多分、記憶喪失じゃないんです。ちょっと前の俺は、確かに十年前の状態でリセットされていたけど」
「はあ?」
意味が分からず、大我は首を傾げる。しかし白希の口から飛び出したのは、もっと理解に時間のかかる言葉だった。

「何て言えばいいのかな。一時的な、二重人格……と言うのが正しいんでしょうか」
「はあ!?」

あまりに驚いて、同じリアクションをしてしまった。口を開けたまま閉じられない大我に、白希は実に真剣な表情で告げる。
「マンションの前で村のおじさん達に襲われた時、俺は自分の心に蓋をしました。自分を殺してしまおうと思った。……代わりに出てきてくれたのが、力を発現して間もない、子どもの頃の自分。だと思います」
その証拠に、“彼”が前面に出ている時もうっすらと意識があった。羽澤家に居た時も、宗一と再会した時も、別の次元から眺めていた記憶がある。

「自分の心を守る為に、有り得ない力が働いた。そうとしか思えない」

白希は自身の胸に手を当て、不思議そうに呟いた。
確かに信じ難い話だが、記憶喪失なんてそうそう簡単に起こることじゃない。

襲撃された後に目を覚ました白希は、今の白希とは性格が違った。子どもらしい面もあれば、やけに大人びた一面もあり、どこかアンバランスな印象を受けた。
それは大人の白希の一部が、新しい人格に組み込まれていたから……なのか。
未だ驚きを隠せず腕を組む大我に、白希は静かに首を横に振る。

「何の確証もありません。ただ、大我さんのお世話になってた時の俺はもういない。……それだけお伝えしに来ました」



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