熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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守るべき人

#6

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道源がにっこり微笑むと、彼らは覚束無い足取りで去って行った。

今度こそ終わり、なんだろうか。白希は俯き、唇を噛む。

「道源……どういう風の吹き回しだ」
「何が?」
「お前が何の考えもなしに私達の味方をするとは思えない」

宗一が冷たく言い放つと、道源は目を丸くし、前屈みになって吹き出した。
「信用されてないね。でもその通りだ。それぐらい疑ってくれると安心する」
膝に手を当てて立ち上がり、距離を詰めると白希の頬をつついた。
「宗一に貸しをつくっとくのは悪くないと思ったんだ。もうひとつは、弟が世話になってるからね。これからも仲良くしてやってほしいな」
「い? ちょ、兄様……!」
まさか自分のことを持ち出されるとは思わず、大我は露骨に顔を引き攣らせる。宗一と道源の間に険悪な空気が流れている為決して和やかではないのだが、白希は笑ってしまった。

「あはは……あ、ごめんなさい」

慌てて口元を押さえると、道源はまた不思議そうにまばたきし、腕を組んだ。
「白希、たった数日で随分変わったね。旦那様効果かな」
「……?」
何のことか分からず、白希は首を傾げる。未だ宗一に抱き抱えられたままの為、彼に下ろしてほしいと頼んだ。
地面に足をつき、ゆっくり彼らを見上げる。
「僕のことはどう思っても構わないから、大我のことは許してやってくれ。……それじゃ、スマホも返したし僕はもう行くよ。またね、宗一」
道源は軽く手を振り、大通りの方へ歩いて行ってしまった。大我も慌ててその後を追ったが、思い出したように二人を振り返った。

「もう一度、兄に村の奴らを牽制してくれるよう頼んでみるんで。俺ももう、村に戻るつもりはないから……それだけ」

そして白希の方を見ると、かすかに微笑んで去っていった。

ふと空を見上げると、朝日は完全に昇り、青一色に包まれていた。気が抜けると同時に激しい痛みを覚え、白希は激しく咳き込む。
「白希! 大丈夫!?」
「大丈夫です。ちょっと蹴られただけですから」
過剰に心配してくる宗一を軽くいなし、片脚を引き摺りながら前に進む。

「私がここにいると、道源様が教えたんですか?」
「うん。そこは一応、彼に感謝してる……けど」

宗一はふうとため息をつくと、きつい表情に切り替わった。

「本っ……当に、今回ばかりは笑って済ませそうにない。下手したら死んでたかもしれないんだ! 君の意思や自由は尊重したい。けど、今後危険な場所に一人で行くことは絶対、どんな事情があっても許さない。いいね!?」
「は……はい」

あまりの剣幕に驚いたこともあり、白希は大人しく頷いていた。彼がこんなにも表情豊かに……いや、声を荒らげるところを見たのは初めてだ。
彼でも怒るのか。呑気にそんなことを思い、白希は頬をかいた。

「はぁ……。安心したり、怒ったりしたら疲れた。力も久しぶりに使ったし」

宗一は肩にかけたコートを取ると、今度は白希の肩にかけた。
辛そうに瞼を伏せ、彼の額に自身の額をあてる。

「ごめん。……また、痛い思いをさせた」

眩しい陽射しが、自分達の間に割り込んでくる。宗一の色素の薄い髪は、きらきらと光の粒を散らしていた。
何も考えずに手を伸ばし、彼の前髪に指を絡める。
「痛いです。でも、生きてる証拠……ですよね」
血で汚れた口元を手で拭い、白希ははにかんだ。

「私が書いた手紙、読みました?」
「……あぁ」

宗一は顔を離し、小さく頷いた。
「読んだよ。正直すぐに理解できなかったけど……今さら手放せるわけもない」 
「ふふっ。でも、あれしか思いつかなかったんですもん」
白希は肩を揺らして、可笑しそうに笑った。
空が眩しくて、少し目が痛い。

世界が目を覚まそうとしている。
何とか歩こうとしたが、結局宗一に抱き抱えられてしまった。早朝の為人は少ないが、早く家に着いてほしいと願いながら、彼の胸に顔を傾ける。

「……生きてていいとか、悪いとか。そんなことは重要じゃない。生きなきゃいけないんだよ」

宗一は視線を前に向けたまま、強い口調で告げた。
白希の肩を支える手に力を入れ、青い空を見上げる。
いつかの、祖母の言葉が重なった。

辛いことがあっても、生きていく。
そうすればいつかまた、絶対に笑える日がくるから。

自身のぼろぼろの手のひらを見て、白希は目を眇める。目元が熱いし、妙に視界がぼやけていた。

「でも、ありがとう。嬉しかったよ」

陽だまりのような声が頭上に降りかかる。
手紙のことを言ってるんだろう。口元が少し綻び、黙って頷いた。

手紙なんて言える代物じゃない。自分が書いたのはたった一文だ。
楽しいとか嬉しいとか。……それらは全部、生きてて良かったということ。

そして、今日まで生きてこられたのは彼のおかげだ。
貴方に逢えて良かった。今も昔も、その想いは変わらない。

鼻をすすり、少しずつ目を閉じていく。

「日記に書いてあったことと同じことを書いたんです。でも、私もその通りだと思ったから。……嘘じゃない」

彼との日々が、壊れやすい宝物のように思っていたこと。
それを大切に仕舞って、朝が来るのを待っていた。どれだけ夜が長くても、顔を合わせればすぐに景色が色づくから。

大丈夫。

「貴方が、私の世界なんだ」

止まっていた時間を動かしてくれたひと。

愛し過ぎて、突き放すのも大変だった。

宗一は目を細め、嬉しそうに微笑む。
ずっと遠くの空では、鮮やかに彩られた雲が流れていた。






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