熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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守るべき人

#4

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「うわっ!!」

階段まで来たところで、白希は大我を下に続く階段へ突き飛ばした。彼はバランスを崩したものの、手すりに掴まり何とか転がり落ちずに済んだ。男達がこちらに向かっていることを確認し、白希は大我に笑いかけた。
「すみません。でも私も、大我さんのこと好きですよ。会えて良かった」
あとはただ、文樹を大事にしてほしい。
「おいこら、白希!」
怒鳴る彼を無視し、白希は上へ向かって階段を登った。衝撃の連続で頭と心臓が痛い。だが男達が大我ではなくこちらを追ってきていると分かり、脚に力が入った。

最上階は鍵がかかっていた為、屋上へ出ることは叶わなかった。息を切らしながら扉の前の外階段で振り返る。
階段下には、もう男達が待ち構えていた。

「はぁ、はぁ……諦めてこっちに来い、白希!」

怒鳴られて、思わずびくっとする。
彼らに捕まり、なぶられることも怖いけど……全てが“終わって”しまうことも怖い。
男が一段一段上ってくる。柵を背に、白希は横に視線をずらした。

「はは……っ」

全くひどい。
絶体絶命の状況だというのに、夜が明ける薄青の空は、見蕩れるほど美しかった。
正面と横の対比にため息をつきたくなる。手すりを掴んで、ぎりぎりまで端に寄った。

もうここまでだ。諦めて奥歯を噛み締めた時、……直前までやって来た男がバランスを崩し、白希の足元に突っ伏した。
これは……。

「いってえ……何だ? 階段が……」

決して、男が躓いて転んだわけではない。何故か彼が足を乗せている踏み板だけが、まるでカーペットかなにかのように柔らかく、しなっていた。
踏み板は金属製だ。本来ならこんなこと有り得ないが……。

「おい、まずは白希をこっちに寄越せ!」

倒れている男に、下で待っている別の男が叫ぶ。
「あ、あぁ。白希、大人しくこっちに」
「……!」
手が伸び、足首を掴まれそうになる。その瞬間、地上から聞き慣れた声が届いた。

「白希! 飛び降りるんだ!」

え。
なにかの聞き間違いかと思い、外階段の真下に視線を向ける。そこには息を切らした宗一が白希を見上げていた。
聞き間違いでも見間違いでもない。両手を広げた宗一と目が合ったとき、何の迷いもなく柵に足を乗せ、飛び降りた。

空と地上が反転する。

「おい、嘘だろ!?」
男達は慌てて柵に手をかけ、下を見下ろす。三階から飛び降りて平気なはずがない。だが地面に落ちる直前、白希の体は宙に浮いた。それはたった一瞬で、下にいた宗一にゆっくり抱き留められた。

「はー、危なかった。間違いなく寿命が十年縮んだよ。……白希は?」
「……二十年縮みました」

タイミングが少しでもズレれば、地面に落ちて命を落としていたかもしれない。しかし駆け付けた宗一の重力操作によって、体が一時的に軽くなった。
「またこんなボロボロになって……」
宗一は傷だらけの白希を見て、苦しそうに顔を歪めた。その目元はわずかに潤んで見えたが、気の利いた台詞が思いつかない為、気付かないふりをする。
怒りと心配が入り交じった、何とも複雑な表情だ。さすがに罪悪感が生まれたものの、口を噤んで瞼を伏せた。

「白希……! あぁ、良かった……」

遅れて、大我が駆け寄ってきた。宗一に抱えられている白希を見て、ほっと胸を撫で下ろしている。
「大我君だよね。白希が家を出たことを教えてくれてありがとう」
「あ……いえ、その……こちらこそすみません」
記憶喪失になる前の襲撃を思い出し、大我は気まずそうに視線を逸らした。
今回は助けたが、前は男達の凶行を黙って見ていたのだ。それも、兄が白希の身柄を預かるという前提があったからだが。

「水崎宗一……? 大我、お前は彼と手を組んでたのか? 最初から、俺達をはめるつもりだったのか!」

話している間に階段を降りて、男達もやってきた。
大我は困ったように両手を上げる。
「やー、はめるも何も……別に俺は、貴方達の味方なんて言ったことないと思います」
「何だと!」
ひとりは激昂して、大我に殴りかかろうとした。だがまたしても地面がぬかるみ、バランスを崩して倒れ込む。
奇妙なことが続いているが、彼らもさすがに分かっただろう。足音が聞こえ、大我は振り返る。

「おはようございます。はぁ~、寒いし眠いし怠いし……最低な朝ですね」

白いコートをなびかせて、面倒そうに欠伸をする青年。
彼は大我の隣に並び、男達に笑いかけた。

「こんな朝は外に出ない方が良い。何をやっても上手くいかないだろうから、ね」




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