166 / 196
守るべき人
#4
しおりを挟む「うわっ!!」
階段まで来たところで、白希は大我を下に続く階段へ突き飛ばした。彼はバランスを崩したものの、手すりに掴まり何とか転がり落ちずに済んだ。男達がこちらに向かっていることを確認し、白希は大我に笑いかけた。
「すみません。でも私も、大我さんのこと好きですよ。会えて良かった」
あとはただ、文樹を大事にしてほしい。
「おいこら、白希!」
怒鳴る彼を無視し、白希は上へ向かって階段を登った。衝撃の連続で頭と心臓が痛い。だが男達が大我ではなくこちらを追ってきていると分かり、脚に力が入った。
最上階は鍵がかかっていた為、屋上へ出ることは叶わなかった。息を切らしながら扉の前の外階段で振り返る。
階段下には、もう男達が待ち構えていた。
「はぁ、はぁ……諦めてこっちに来い、白希!」
怒鳴られて、思わずびくっとする。
彼らに捕まり、なぶられることも怖いけど……全てが“終わって”しまうことも怖い。
男が一段一段上ってくる。柵を背に、白希は横に視線をずらした。
「はは……っ」
全くひどい。
絶体絶命の状況だというのに、夜が明ける薄青の空は、見蕩れるほど美しかった。
正面と横の対比にため息をつきたくなる。手すりを掴んで、ぎりぎりまで端に寄った。
もうここまでだ。諦めて奥歯を噛み締めた時、……直前までやって来た男がバランスを崩し、白希の足元に突っ伏した。
これは……。
「いってえ……何だ? 階段が……」
決して、男が躓いて転んだわけではない。何故か彼が足を乗せている踏み板だけが、まるでカーペットかなにかのように柔らかく、しなっていた。
踏み板は金属製だ。本来ならこんなこと有り得ないが……。
「おい、まずは白希をこっちに寄越せ!」
倒れている男に、下で待っている別の男が叫ぶ。
「あ、あぁ。白希、大人しくこっちに」
「……!」
手が伸び、足首を掴まれそうになる。その瞬間、地上から聞き慣れた声が届いた。
「白希! 飛び降りるんだ!」
え。
なにかの聞き間違いかと思い、外階段の真下に視線を向ける。そこには息を切らした宗一が白希を見上げていた。
聞き間違いでも見間違いでもない。両手を広げた宗一と目が合ったとき、何の迷いもなく柵に足を乗せ、飛び降りた。
空と地上が反転する。
「おい、嘘だろ!?」
男達は慌てて柵に手をかけ、下を見下ろす。三階から飛び降りて平気なはずがない。だが地面に落ちる直前、白希の体は宙に浮いた。それはたった一瞬で、下にいた宗一にゆっくり抱き留められた。
「はー、危なかった。間違いなく寿命が十年縮んだよ。……白希は?」
「……二十年縮みました」
タイミングが少しでもズレれば、地面に落ちて命を落としていたかもしれない。しかし駆け付けた宗一の重力操作によって、体が一時的に軽くなった。
「またこんなボロボロになって……」
宗一は傷だらけの白希を見て、苦しそうに顔を歪めた。その目元はわずかに潤んで見えたが、気の利いた台詞が思いつかない為、気付かないふりをする。
怒りと心配が入り交じった、何とも複雑な表情だ。さすがに罪悪感が生まれたものの、口を噤んで瞼を伏せた。
「白希……! あぁ、良かった……」
遅れて、大我が駆け寄ってきた。宗一に抱えられている白希を見て、ほっと胸を撫で下ろしている。
「大我君だよね。白希が家を出たことを教えてくれてありがとう」
「あ……いえ、その……こちらこそすみません」
記憶喪失になる前の襲撃を思い出し、大我は気まずそうに視線を逸らした。
今回は助けたが、前は男達の凶行を黙って見ていたのだ。それも、兄が白希の身柄を預かるという前提があったからだが。
「水崎宗一……? 大我、お前は彼と手を組んでたのか? 最初から、俺達をはめるつもりだったのか!」
話している間に階段を降りて、男達もやってきた。
大我は困ったように両手を上げる。
「やー、はめるも何も……別に俺は、貴方達の味方なんて言ったことないと思います」
「何だと!」
ひとりは激昂して、大我に殴りかかろうとした。だがまたしても地面がぬかるみ、バランスを崩して倒れ込む。
奇妙なことが続いているが、彼らもさすがに分かっただろう。足音が聞こえ、大我は振り返る。
「おはようございます。はぁ~、寒いし眠いし怠いし……最低な朝ですね」
白いコートをなびかせて、面倒そうに欠伸をする青年。
彼は大我の隣に並び、男達に笑いかけた。
「こんな朝は外に出ない方が良い。何をやっても上手くいかないだろうから、ね」
1
お気に入りに追加
176
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】


【書籍化・取り下げ予定】あなたたちのことなんて知らない
gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。書籍化予定です。取り下げになります。詳しい情報は決まり次第お知らせいたします。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる