熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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守るべき人

#3

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息も絶え絶えに頼み込むと、男のひとりは口角を上げた。
「ははっ! そうかそうか、お前はあのババアからは可愛がられてたもんな。変わりモン同士気が合ったんだろうな」
「……!」
祖母のことを貶され、つい襟を締める彼の腕を掴んだ。だがすんでのところで思い留まり、手を離す。
ここで反撃したら元の木阿弥だ。恐らく以前の白希も、彼らに対抗しようとしたのだ。だが何か大きなショックがあって、意識どころか記憶も失ったのだろう。

……死にたいと願ってしまったんだ。本当に、一瞬だけ。

だから“私”が目を覚ました。

「おら、来い!」
「あっ!」

髪を掴まれ、無理やり引き寄せられる。男は白希を、近くのビルの中に連れて行った。三階の無人のレンタルスペースのようだが、そこは真っ暗で音も光もない。
床に突き飛ばされ、両手をついた。起き上がろうとする前に頭を踏みつけられ、痛みに呻く。

「二十歳になってから随分経っちまったが……今でもまだ間に合うはずだ。ここで今度こそ、白希を……」

固いものを引き摺る音がフロアに響いた。しかし自分が置かれた状況に反して、思考は冷めていた。
ここで終わるのか。呆気ないと思いながら、瞼を伏せる。

でも、ようやく分かった。
記憶を失う前の自分は強かった。今の自分は諦めてしまっているけど、何かを守ろうとして立ち上がったのだから。
全然馬鹿にできない。むしろ、誇りに思える大人だった。

「よし、やるぞ。本当に……」

暗がりの中で光る鈍器を宙に翳し、男は繰り返す。口では実行すると言いながら、まだ慄いているようだ。
やるなら早くやればいい。彼らも、彼らの正義の為にここに居るんだから。
拳を握り締めて、その時がやってくるのを待つ。ところが、窓ガラスが震えるほどの爆音が鳴り、その場の全員が耳を押さえた。
「うるさっ……くそ、またか!」
頭がおかしくなりそうな破裂音に白希も目眩を覚える。しかし咄嗟に誰かに腕を掴まれ、寄り掛かるようにして立ち上がった。

「逃げるぞ」
「え。大我、さん……」

そこにいたのは大我だった。彼は白希を引っ張り、部屋の外へ飛び出した。手に持っている気泡緩衝材を一つずつ潰していたらしく、力を使って大音量にしたみたいだ。
「はは、これ良いよな。難点は俺も鼓膜破れそうなことぐらい」
大我はそう言うと、片耳から耳栓を外した。
「お前を見張るより、あいつらの動きを見張ってた方が効率的だと思ってさ。宿泊してるホテルから出ていくところを見たって兄さんから聞いたから、大急ぎで来たんだ」
「……どうして私を助けるんですか?」
道源はともかく、自分がどうなろうと大我には関係ないはずだ。兄から自分を助けるよう言いつけられていたとしても、理由をつけて放っておくことができるはず。

本気で不思議に思っていると、彼は自分の頭を乱暴にかいた。
「俺もよく分かんない。でも普通に考えてこんなのやり過ぎだし、おかしいだろ」
大我は白希の手を引き、廊下を走る。
「俺も力が扱えなかったらお前と同じ状況になってたかもしんない。そう思ったら、すごく怖くなった」
男達がドアを開けて廊下に出てきた。全力で走りながら、目の前の大我の声にも耳を傾ける。
「それでも何とか生きてんだから、やっぱお前はすごいよ。文樹がお前のこと心配すんのも、やっと分かった」
目が合い、思わず息が止まる。
正直彼の言葉の全てを理解したわけではなかったが、ひとつ確信したことがあった。

この人達を守らないといけない。



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