熱しやすく冷めやすく、軽くて重い夫婦です。

七賀ごふん

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守るべき人

#2

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何も形式的に書く必要はない。
短くてもいい。手紙なんて、葉書と同じぐらい単純でも構わない。祖母もいつだったか、そう言っていた気がする。
小さく端を畳んだ手紙をリビングのテーブルに置き、白希は宗一の寝室を覗いた。音は聞こえないが、恐らく寝ている。
深夜の外は凍えそうな気温の為、コートを羽織って外へ出た。渡されていた合鍵で戸締りし、宗一の部屋のポストに放り入れる。
もうここに戻るつもりはない。エントランスを抜け、マンションの前から高層階を見上げた。

「宗一さん……」

ありがとう。

ここまで好きになってもらったからこそ、離れなくてはいけない。自分を生かしてくれた彼が不幸になったら、もう生きる意味などないから。

閑静な住宅街を抜け、歩道に沿って通りに出た。時間が遅い為か車も大して走っておらず、通行人もいない。ゴーストタウンに迷い込んでしまったようで、村とは違う気味の悪さをまとっていた。
歩道橋の上に留まり、何となく過ごした。空がうっすら白みかけてきた為、階段をゆっくり降りる。雑居ビルが並ぶ細い道へ入った時、背後から突き飛ばされ、白希は倒れ込んだ。

「よう。こんな時間に独りでお散歩か? ……俺達は助かるが、本当に頭が悪いな」
「……っ」

振り返って見上げると、見覚えのある三人の男が来た道を塞いで佇んでいた。白希を張っていた村の人間だ。彼らは怒りと安堵が入り交じった表情で、こちらに近付いてくる。
「道源様からは手を出さないように言われてるが、これ以上は待つことはできない。それにお前には既に手を火傷させられてるからな。……これも全部正当防衛ということにできる」
男は爛れた手のひらを伸ばし、白希の襟を掴んで壁に押しつけた。
首が締まって、息苦しさに喘ぐ。
ちょっと前なら、倫理や道徳なんてかなぐり捨てて彼らを返り討ちにしただろう。けど今はそんな気持ちはなかった。

望みはひとつだ。

「待、って……最後に、お願いが……っ!」
「あ?」
「村に……連れて行ってもらえませんか。最後に、祖母の墓参りに……行きたいんです」

率直で、純粋な願いだった。
もう死んでも戻りたくない場所。恐怖と嫌悪しかない……でも、あそこには祖母がいる。
納屋に閉じ込められ、一度も墓前で手を合わせることができなかった。どうか最後に、傍で彼女を悼みたい。
それができたら何も悔いはない。彼らの平和の為に、祖母と同じところへ行く。




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